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商社から、段ボールの名付け親が創業したレンゴーに転じ、改革の旗を振り続けて18年。業界再編の必要性を説き、中小事業者の「セーフティーネット」を自任する。トップは長く続けるべきが持論。次のトップにもその覚悟を問う。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=竹井 俊晴)
PROFILE
[おおつぼ・きよし]1939年生まれ。62年神戸大学経済学部卒、住友商事入社。レンゴーと合併する摂津板紙(後のセッツ)に出向、以来、紙・パルプ部門を中心にキャリアを積む。92年住友商事取締役、96年常務。97年、欧州住友商事社長に。2000年4月副社長、同年6月にレンゴー社長に就任し、14年から会長兼務。大阪府豊中市出身。学生時代はバレー部に所属。大学時代にアダム・スミスの「国富論」を1年半かけて原書で読破した。

 問 1962年に住友商事に入社し、「最初は弱い部署がいい」と希望されて、紙・パルプ事業部に配属になったとか。なぜ、弱い部門を希望したのですか。

 答 当時の住友商事は鉄鋼分野に強い商社でしてね。配属希望を聞かれ、出来上がったところにいくより、弱くてもこれから強化していくところで働きたいと答えました。

 住友商事本社には3カ月しかいなかった。住友とは何か、といった教育を受け始めたころ、のちにレンゴーと合併することになる摂津板紙(後のセッツ)への出向辞令が出ましてね。新入社員の出向は住友商事が始まって以来で、みんなびっくりしていましたよ。私としては、商社に入れば海外に行けると思ったんですけど。まあ、与えられた仕事はやっていこうと考えました。