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6人で創業した通信機器の代理店は30年後、巨大なグローバル企業に成長した。米国は技術力の高さと影響力拡大を警戒。米中経済冷戦を象徴する企業になっている。関西で研究所設立を計画。部品調達で日本との連携を深める。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=山田 哲也)
PROFILE
[グオ・ピン]1966年、中国・江西省生まれ。華中理工大学(現・華中科技大学)修士課程修了。88年に創業間もない華為技術に入社。研究開発部門のほか、M&A(合併・買収)の責任者や最高情報責任者、最高法務責任者を歴任してきた。

 問 1987年に6人で創業した会社が、30年で売上高約10兆円のグローバル企業になりました。背景に中国経済の成長があるにせよ、なぜこれだけの企業になることができたのでしょうか。

 答 過去30年で世界の通信市場に起きた大きな変化が要因の一つです。巨大な需要が、華為をイノベーションと製品の発明へと駆り立てたのです。

 私が通っていた大学はたしか7階建てだったと思います。そこに電話機が何台あったと思いますか。たった1台です。80年代の中国の電話普及率はわずか1%か2%。私は故郷や両親から離れ、遠い町で勉強をしていましたが、電話そのものがほとんどなく、仮にあっても料金は非常に高額でした。

 顧客のニーズに応えるため、まずは交換機の研究開発から始めました。その後も時代の変化に合わせて、様々な製品を生み出してきました。研究と発明を通じて、世界で少数の人しか使えなかった通信機器を全世界に普及させる。これが、華為の30年の歩みです。

 問 創業当初の事業は交換機の代理販売だったそうですね。

 答 その通りです。創業初期は香港企業の代理店として、交換機を大陸で売っていました。ところが、この香港の会社が別の会社に買収されてしまい、代理店の権利が取り消されてしまったのです。我々は自らの手で交換機を研究開発せざるを得なくなりました。

日経ビジネス2018年11月5日号 88~91ページより目次