パソコンやスマホ市場の拡大に伴って成長してきた台湾の電機業界。それを体現している一社が、パソコン最大手の華碩電脳(エイスース)だ。20年以上同社を率いてきた施崇棠董事長は新たな成長戦略を模索する。
(聞き手は 本誌編集長 飯田 展久)
PROFILE
[施崇棠(ジョニー・シー)]1952年、台湾生まれ。台湾大学電気工学学科卒、交通大学経営管理大学院修了、宏碁(エイサー)に入社し技術部門の統括などを担当。その後、創業直後の華碩電脳(エイスース)に合流。93年社長就任。2008年から現職。1~2年以内に退任することを表明している。64歳。
トレンドの波が正しいかどうかで参入を決める。
スマホとパソコンは機能より「ブランドの維持」を重視。
問 パソコンを中心とした電機産業で成功してきた台湾ですが、パソコン市場の成長は以前に比べ鈍化しています。現在の台湾産業が抱えている課題は何でしょうか。
答 確かにパソコンは台湾にとって非常に重要な産業でしたが、市場のトレンドは日々刻々と変わっています。ここ(パソコン産業)にとどまり続けていれば時世に合わなくなってしまう。パソコンの需要は今後も確実に残ると思いますが、前ほど楽観はしていないのも事実です
台湾企業の今後の課題は、頼るべき人がいない中でどう自立していくかということでしょう。パソコン全盛期の頃であれば、米マイクロソフトと米インテルの『ウィンテル連合』に頼ることで成長できました
しかし、設計図を渡されて作っていたこれまでの体制では、いつまでたっても自立できずイノベーションは起こせません。こうした環境は、台湾企業が急伸した裏に潜む『罠』でもあったと思います
これからは、新しいトレンドの波を確実に捉えて、自分たちでイノベーションを起こしていくことが必要です。世界中の企業が次の波を模索する中、もう誰も『次のトレンドはこうなるからね』と我々に教えてくれません。近い将来、何が必要とされるのか。そしてそれがなぜ求められているのか。そこを的確に見極める目を持たなければならないと感じます
我々がパソコンで成功できたのは、パソコンが世界的に普及するトレンドが来たことを見極め、その波にうまく乗ることができたからです。スマートフォン(スマホ)も参入は遅かったのですが、トレンドである限りはやらなければならない。参入が遅いか早いか、競合が多いか少ないかではなく、その波は正しいか正しくないかが参入するか否かの基準です
ハードとソフト、双方を強化
問 パソコン事業で伸びてきたエイスース自身のポートフォリオも、今後は大きく変わってくるのでしょうか。
答 繰り返しになりますが、私はパソコン産業自体が終わったとは思っていません。今後もパソコンがエイスースの事業基盤を支える重要な製品であることは変わりません。パソコンが一切存在しない世界はあり得ませんから
しかし、1つの事業にとどまり続けることは危険です。パソコン事業は今後も続けながら、家庭と消費者向けにフォーカスを置いて新製品を開発していく。その時々のトレンドによって、手掛ける事業を変えていきたいと考えています
今は、正しいトレンドの波が来た時にちゃんと乗れるよう、たくさんの『石』を水の中に置いているところです。ロボットやVR(仮想現実)などがそれに当たります
ロボットは多くの企業が手掛けていますから、今後トレンドの波は来るでしょうね。ただ、普及に向けてはまだ技術面でもコスト面でも課題が多い。家庭で気軽に使える実用的なロボットは、まだ誕生していません。だから私たちは現在、家庭用ロボットを開発しています。どこの家庭にも深く入り込んでいけるようなロボットにしていくことが目標です
問 今回、日本でパソコンとスマホの新製品を発売しました。「競合のいない領域に達した」と発言していますが、成熟する両市場でも今後成長は維持できるのでしょうか。
答 自信がある製品であることは間違いありませんが、ライバルが絶対いないと言い切るのは難しいですね。米アップルももちろんライバルです
私たちは一つひとつの製品のスペックよりも、ブランドそのものを重要視しています。スペックに照準を置いて開発を進めていれば、すぐに競合他社に抜かれてしまうからです。しかし、スマホの『ZenFone』やパソコンの『ZenBook』のように、ブランドがしっかりと確立できていればその心配はありません
ブランド力を維持する時に最も重要なのは、『何をどうするか』ではなく、『なぜそれをするか』です。その精神を忘れなければ、成熟する市場においてもブランド力は長く保たれ、成長できると考えています
私の目から見て、日本市場は他の国と大きく異なります。既存の産業が強いので、外から新しい産業が入ることに大きな抵抗感があるようです。米配車サービスの『ウーバー』が普及しないのも、『ツイッター』や『インスタグラム』などのSNS(交流サイト)の広がり方が他国と違うのも、そうした背景から来るのではないでしょうか
スマホとパソコンにおいては、日本の消費者は非常に合理的で、美しさ、性能の良さ、生産性の高さを求めています。今回の新製品は、どの競合メーカーの製品よりもその要望に応えているという自信があります
問 世界の電機メーカーが一斉に「Internet of Things(モノのインターネット、IoT)」にかじを切る中、エイスースもソフトウエア事業を強化しています。
答 当社では既に、ソフトウエアの技術者の方が、ハードウエアの技術者よりも多くいます。私自身もソフトウエア出身です。今後市場がIoTへとシフトする中で、ソフト技術が重要になってくることは間違いありませんし、我々も強化していく方針です
とはいえ、ハードからソフトへと商品や開発の軸を動かすわけではありません。ソフトの開発一つ取っても、やはり常にハードに立ち戻って、基礎のデジタル入力から考えないといけません。デジタルの時代だからといって、アナログの考え方を捨ててもいけません
ハードとソフトが融合するIoTの時代だからこそ、ハードとソフト両方の基礎技術を持ち続けることが必要なのです。ソフトの開発過程で、この技術がなぜ大事なのか、ハードにどんな利点をもたらすのか理解していなければいい製品は生み出せないからです。エンジニアには、このことを忘れないよう口酸っぱく言っています
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