「コンビニ×銀行」という新たなリテール金融の誕生とともに歩んできた。フィンテックが起こす環境変化を見据え、次の成長に生かしたいと話す。絶え間ない自問自答と変化の先に、新たな銀行像を模索する。

(聞き手は 本誌編集長 飯田 展久)

(写真=的野 弘路)
PROFILE
[ふたごいし・けんすけ]1977年、東京大学法学部を卒業し旧三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)へ。98年に発覚した大蔵省接待汚職事件に秘書役として対応した。2003年、自らが設立プロジェクトに関わった旧アイワイバンク銀行(現・セブン銀行)に転じ、2010年から現職。熊本県出身、63歳。

中立的な存在の銀行として、他の銀行のビジネスを支える。
主体的に「フィンテック」に関わり、次の成長に生かす。

 問 設立から15年を経て、業績は今でも伸び続けています。旧三和銀行の幹部としてセブン銀行(当時はアイワイバンク銀行)の設立に関わっていた頃、ここまでの成長は予測していましたか。

 答 「お金を下ろしたい時にまずコンビニエンスストアを探す時代が来るだろうな、という予感はしていました。だから事業としては何とかなるんじゃないかというぐらいの見通しがありましたけれども、まさかここまで成長するとは自分でも思っていませんでした」

 「旧三和銀時代に仕えた渡辺滉元頭取が、当時としては珍しいATM戦略に取り組んだんですね。店舗規制があったので新店は年間1桁台しか出せない時代でした。そこでATMコーナーを一気に600~700カ所くらい作ったんです。これは相当、画期的でした。しかし、しばらく後にご本人が『もう自前でATMを増やしていく時代ではない。共通インフラみたいな形にした方がいい』という話をしました。今を見越していたわけですが、すごく印象に残ったんですね。セブンイレブン側から銀行設立に協力してほしいという話が来た時、渡辺さんがやろうとしていたATMの共通インフラ化と同じコンセプトだと理解したんです」

 問 旧三和銀が設立に協力したものの、今のセブン銀には特定の銀行グループの色がありませんね。

 答 「ええ。共通インフラにするということなので、その銀行は永世中立国みたいなものでないといけない。貸出業務がほとんどないから、僕たちは提携銀行との関係上、非常に中立的なポジションに立つことができます。これが、提携金融機関が一気に広がった理由だと考えています」