整備一筋30年。青天のへきれきで今春、経営の操縦かんを握ることになった。2010年に経営破綻したJALをもう一度「世界で選ばれる航空会社」にしようと奔走する。新たな挑戦に待ち受けるのは上昇気流だろうか。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=陶山 勉)
PROFILE
[あかさか・ゆうじ]1962年北海道生まれ。87年東京大学大学院修了、日本航空入社。入社以来一貫して整備畑を歩み、2001年羽田整備事業部生産計画グループ長、09年安全推進本部部長兼ご被災者相談部長、14年執行役員、JALエンジニアリング社長、16年常務執行役員、18年4月から現職。趣味は野球観戦。夏の甲子園ではスタンドで地元北海道のチームを応援する。

 問 今年4月、常務執行役員整備本部長から社長に昇格しました。異例の抜擢人事でしたが、これからJALをどのような会社にしていきたいと考えていますか。

 答 社長就任を打診された時、最初は冗談だと思いました。そのうちこれは本気だなと思うようにはなりましたが、どうやって断ろうかと。そればかり考えていました。少し、いや少しどころじゃないほど荷が重いと思い、相当悩みました。返事を催促され続け、決断するまでの間、家族にも伝えていません。

 JALには、2010年の経営破綻という苦い経験があります。それを踏まえて、社員が『ここで働いていてよかった』と思えるような会社を作り上げていきたい。まずはこれが大きな目標です。