1年以上に及ぶ売却交渉・手続きの末、6月に日米韓連合傘下に入って再スタートを切った。東芝の経営危機による開発・投資の遅れはないと主張。技術で競合に追いつく考えだ。日本での生産にもこだわる。独立後初の単独インタビューに応じた。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=陶山 勉)
(写真=陶山 勉)
PROFILE
[なるけ・やすお]1955年生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了後、84年4月東芝入社。2009年四日市工場長、10年メモリ事業部長、11年執行役常務、13年執行役上席常務(セミコンダクター&ストレージ社社長)を経て、15年に代表執行役副社長。メモリー事業の分社化で、17年東芝メモリ社長に。同事業の米ベインキャピタルを軸とする日米韓連合への売却に伴い東芝副社長を退任。趣味は庭木の剪定。

 問 東芝メモリが、米ベインキャピタルを軸とする「日米韓連合」に売却されるのに伴い、5月末で東芝本体の副社長を退任しました。ここ数年間の東芝の経営危機をどう感じていましたか。

 答 私自身があの問題に関わり始めたのは2015年5月ごろから。半導体部門では在庫の評価損を適切に計上しておらず、前任者が会社を離れました。後任である私は、過去の決算について第三者委員会から質問を受ける立場になりました。

 15年後半からは、フラッシュメモリー以外の半導体部門のリストラにも追われました。当時は『半導体に限らず東芝全体がどうなってしまうのか』という漠然とした不安がありました。

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