企業再生のプロが未経験の外食業に転じて2年。回転ずし大手のスシローを8年ぶりの再上場に導いた。ファンド傘下での経営改革を継承しつつ、今後は株式市場の厳しい目にさらされる。都心部や海外市場を開拓すれば、1兆円企業への飛躍も不可能でないと強気だ。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=太田 未来子)
PROFILE
[みずとめ・こういち]1968年神奈川県出身、49歳。91年東京大学理学部卒業後、電通に入社。アンダーセンコンサルティングを経て、2005年ローランド・ベルガー日本法人代表取締役に就任。09年企業再生支援機構に入社し、日本航空の再建に携わる。大手アパレル・ワールドの役員も経験。15年1月、あきんどスシロー顧問を経て、同年2月より現職。

ファンド傘下8年の改革を継承し、成長戦略を深掘り。
再上場成功のカギは都心と海外市場の攻略。

 問 上場初日3月30日の終値は3410円で、公開価格の3600円に届きませんでした。時価総額は回転ずしの競合大手、くらコーポレーションを下回りました。

 答 厳しい評価はしっかりと受け止めていきたいです。他社との比較は私が答えることではありませんが、引き続き堅調な業績を示すことで、しっかり評価していただけるようにします。お客様にはうまいすしをお届けすること、株主様には業績で応えることが我々の務めと考えています。

 問 スシローは日系投資ファンド、ユニゾン・キャピタルの傘下となり、2009年に上場廃止となりました。その前の07年に経営陣の予期せぬ形でゼンショーがスシロー株の3割弱を取得しました。当時、スシローを非上場にした公式の理由はどう説明していたのですか。

 答 非上場化することで、大胆に様々な経営改革をやって、なおかつ出店を加速していくというのが、公式見解です。

 問 背景にはゼンショーによる株の取得という事実があったということですね。

 答 タイミングとしてはそういうことがあったと思います。

 問 その後、8年間は非上場企業でしたが、どのような改革を進めてきたのですか。

(写真=太田 未来子)

 答 スシローはもともと組織で仕事をするというよりは、創業者のもとに個人プレーヤーが集まってそのまま大きくなった成り立ちの会社です。それを組織として継続的に運営できる形にすべく、変えていきました。社内で育ってきた社員と、外部から採用した人材の混成チームでしっかり運営できる風土になってきました。

 8年ほど前は、回転ずしはどちらかというと『安かろう、悪かろう』というイメージも若干あったかと思います。これを、『こんなにおいしいのに1皿100円』というようにイメージを変えてきたのは、スシローがけん引してきたという自負があります。

 結果として1店舗当たりの売上高がこの期間に、ものすごく伸びました。現在は年間の平均で3億3000万円近くです。客単価は1000円ほどですから、計算すると非常に多くのお客様に来ていただけていることが分かります。