問 空想が行動経済学の研究へ、どうつながっていくのですか。
答 「まず、行動経済学を伝統的な経済学と対比してみましょう。人は誰もが賢く、完璧に自己管理ができると仮定するのがこれまでの経済学です。食べ過ぎることも飲み過ぎることもなく、いつでも合理的で正しい選択をする。しかし実際には、人は必ずしも合理的ではない。それを前提に、人の行動が市場取引に与える影響を分析するのが行動経済学だと考えてください」
「大学院で経済学を専攻していた時でした。多くの人が経済学の教科書とは全然違う行動をしていることに気付きました。指導教官に、ワインの収集家がいたんです。20年前に10ドルで買って市場で100ドルに値上がりしたワインを持っていました。でも彼は、特別な時にたしなむくらいで、決して売らない。かといって、同じ銘柄のワインを100ドルで買うこともない。経済学で考えれば、彼にとって100ドル以下の価値なら100ドルで売るはず。価値が100ドル以上なら、お得なのでもう1本、市場で同じワインを買うはず。しかし彼は、今あるワインを飲むだけで取引をしない。これは経済理論とは合わないと考えました」
「私はこうした合理的と言えない、おかしな行動の事例を集めてきました。それをどうしたら理論的に説明できるか、空想をし続けているうちに、研究の生産性を高める方向性が見えてきたのです。その結果、40年にわたり空想し、行動経済学の理論を考えることになりました」
ナッジはビジネスに使える
問 合理的な方向に人々の行動や振る舞いを促す「ナッジ」という考え方を打ち出し、社会のために必要だと主張していますね。直訳すると「相手を肘で軽くつつく」という意味かと思います。
答 「ナッジは何かを禁止したり、逆に放任したりといった考え方と異なり、強制はしないが、本当に望ましい選択をするように誘導するということです。例えば車道のカーブで幅が狭くなるように線を引くと、スピードを出していると錯覚し、思わず減速をして安全運転をする。強制しているわけではないのですが、安全のためにそうするように導く。これがナッジの効果です」
「日本の環境省に『日本版ナッジ・ユニット』という組織があります。家庭の二酸化炭素排出削減を支援する組織です。エネルギー効率が良い家電を買ったり、効率の良い運転をしたり、サーモスタットを交換したりすることをうまく促す活動をするのです」
問 本人に管理されているという自覚はなくても、実際はある程度管理されているというわけですね。企業はナッジをどう活用すればいいのでしょうか。
答 「一例を挙げると、自己管理するためのツールはビジネスにできます。iPhone依存を防ぐための(決めた時間以上に使用するとロックするなどの)アプリが大変人気です。経済学者として考えれば、なぜスマホを見過ぎないようにするアプリにお金を払うのだ、ばかげていると思います。しかし、実際はそうしたアプリが売れています。誰もがスマホを使い過ぎていることに悩んでいるからでしょう。健康増進のための歩数計アプリもありますよね。夜にあと100歩で1万歩に到達するとなったら、リビングでぐるぐる歩き回ったり。ナッジの考え方による自己管理ツールの提供は、ビジネスになります」
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