「月商400万円ぐらいいけばいい」。そんな予想を上回り、大繁盛。2カ月で出店費用を回収できて、半年で月商800万円に到達しました。

 串カツのレシピを探し始めてから10年、悲願の1号店でした。これまでの経験から、店のオペレーションは極力シンプルにして、アルバイトだけでも回せるようにしたのも特徴です。トヨタ系の会社にいた経験を生かし、例えば厨房はしゃがまずに作業できるような設計にするなど、業務の効率化を追求しています。

着実に店数を増やしてきた
●串カツ田中の業績と店舗数

 8年で130店舗以上に増やせたのも、この軽装備での出店がカギになっています。新店の出店コストは1店舗当たり2500万円と低く抑えており、短期間で回収できます。ソースなどの食材も自社専用品を作っているためスケールメリットが効き、仕入れコストの低減につながっています。

 そうして4~5店舗に広がった時、大きな転機が訪れました。我々の業態とそっくりの店が出てきたのです。でも、全然おいしくない。串カツに思い入れがなければ、ただパン粉を付けて揚げればいいと思うのかもしれません。

模倣店の存在で出店加速

 私たちは考えました。模倣した店でお客さんがおいしくないと感じたり、胸やけを起こしたりしたら、二度と串カツを食べてもらえなくなる。それでは串カツ田中の未来を潰してしまう、と。

 だから模倣店よりも先に、うちの串カツを食べてもらわなければということで、FC(フランチャイズチェーン)展開を始めました。もし模倣する店が出てこなければ、もっとゆっくり増やしていったでしょう。

 1号店が世田谷だったこともその後の多店舗展開の成功につながったと思います。周辺は夜になれば真っ暗になる住宅街。今思えば、「よくこんな場所に出店したな」という場所ですが、近くに住む人がリピーターとして支えてくださっています。ファミリー客も多く、食堂のように利用してもらっているのです。

 お金があり最初に東京・渋谷のような繁華街に出していたら、こうした住宅街での出店の可能性に気づかずに、JR山手線内の30~40店止まりだったでしょう。

 その後、大型のターミナル駅やオフィス街など人の多い場所に出店してみると、居酒屋として仕事帰りの方や学生が立ち寄る店になりました。そして郊外のロードサイドにある店では、ファミリーレストランのように使われています。

 串カツ田中の店は、味、価格、衛生管理、スタッフの元気などの特徴がいくつも層になっています。創業時から変わっていないように見えるかもしれませんが、全く違うのです。

 特にメニューは飽きられないようにしてきました。「変わらないために変わり続ける」。ラーメン店の「一風堂」創業者の河原成美さんの言葉が、私は大好きです。

 お客さんに飽きられず、うまいと言ってもらい続けるために、串カツのソース、衣、油、素材の食べやすさ、サイドメニューまで、常に改善しています。私も新店を訪問する際など食べる機会が多くありますが、どうしても飽きてくる。それを変える目安の一つにしています。

 客単価にもこだわっています。気軽に立ち寄れるように、1人2400円程度。30品以上ある串カツの半数以上は100~120円と価格を抑えつつ、640円の「かすうどん」、590円の「ちりとり鍋」など大阪の各地で愛されているサイドメニューを工夫し、全体でバランスをとっています。

 本気だからこそ気になることがたくさん出てきて、それを次々に変えていく。模倣する側は気になるところもないので、ずっと同じか、うちの店を見に来るしかない。だからうちはトップで居続けられる。逆に言えばトップでいるためには、変わり続けるしかないんです。

すべては串カツをソウルフードにするために
●「串カツ田中」の3つのこだわり