世界で初めてミドリムシの量産化に成功し、健康食品や化粧品などを販売する。健康食品では粗利益率、エネルギー事業では規模を重視し、収益拡大を図る。参入障壁が高い巨大産業でイノベーションを起こすための仕組みとは。
中村貞裕社長の経歴
1980年:広島県呉市生まれ。東京の多摩ニュータウンで育つ
1998年:東京大学に入学。バングラデシュを訪れ、貧困に衝撃を受ける
2002年:東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行
2005年:ユーグレナを設立。同年12月に世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功
2008年:伊藤忠商事から出資を受け、資金繰りの危機を回避
2012年:東証マザーズに上場。2年後に東京証券取引所第1部に変更
2014年:バングラデシュでミドリムシクッキーの給食提供を開始
2015年:国産バイオ燃料計画を発表
イノベーションを阻む主な要因
- 研究などの前例にとらわれて、実現不可能だと思い込んでしまう
- 恥ずかしい、面倒くさいなどの理由から単純なことを徹底的にやらない
みなさん、ミドリムシをご存じでしょうか。小学校の理科の授業で習いますが、その特徴を覚えている方は少ないかもしれません。私はミドリムシに人生をかけ、その学名を取ったユーグレナという会社を2005年に設立しました。東京大学での研究が母体となった大学発ベンチャー企業です。
ミドリムシは虫ではありません。昆布など藻の一種です。植物と動物の両方の特性を含む59種類の栄養素があり、細胞壁がないため栄養素を消化吸収しやすいのが特徴です。その特徴を生かし、ミドリムシを粉末にした「緑汁」などの健康食品や化粧品などを製造、販売しています。15万人超の定期購入者などに支えられ、2016年9月期の売上高は前の期比87%増の111億円、経常利益は30%増の9億4400万円に達しました。
ミドリムシを原料にした健康食品から化粧品まで幅広く展開する。定期購入者は15万人を超える
もちろん、これまでの歩みは決して順風満帆ではありませんでした。大きな壁にぶつかり、絶望したことは1度や2度ではありません。今後はエネルギー事業も強化しますが、様々な壁が待ち受けていることでしょう。今回は我々がこのような壁にどのように向き合い、乗り越えてきたのかをお話ししたいと思います。最初に結論だけ言いますと、多くの人は経営の解を経営学や歴史に求めるのかもしれませんが、私は生物から導き出してきました。
夏の蚊対策でひらめく
当社は2005年12月16日に、世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功しました。従来の常識を覆すイノベーションだったので、ミドリムシに詳しい専門家ほど驚きました。
それまでもミドリムシの可能性はかなり知られていましたが、大量培養は技術的に無理だとあきらめられ、イノベーションが起きる余地がありませんでした。ミドリムシは栄養価が高過ぎ、他の微生物に食べられてしまいます。そのため多くの研究者が半導体工場のクリーンルームのような無菌状態を作ることを念頭に、ミドリムシを培養する設備を研究するのが常識で、我々も同様の発想で頭を悩ませていました。
ひらめきは突然舞い降りてきました。研究者に教えを請うために地方の大学に夜行バスで向かい、目的地に早く着くことがありました。研究開発担当の鈴木健吾取締役と一緒に銭湯に入っていた時のことです。夏だったこともあり、「なんで僕らは“蚊帳”の研究ばかりをしているのか。培養液をいじって“蚊取り線香”を作ればいいじゃないか」とひらめいたのです。後は汗をかいて進めるだけでした。何度も試行錯誤を重ねながら最適な培養液を作り上げ、ミドリムシの量産に成功したのです。
「必ず売れる」と喜び勇んだものの、発売当初は誤算続きでした。翌年1月から本格的に営業を始めましたが、なかなか電話が鳴りません。「ミドリムシって虫でしょ」と考えている方々にうまく理解してもらえない状況が3年ほど続き、ついに我々はミドリムシという名前の使用に禁止令を出しました。代わりにユーグレナという名前を使うと、今度は「ユーグレナって何」と言われ、全く売り上げが伸びません。
ところが、予想外のところからブームが起こります。きっかけは2009年に放映されたテレビの情報番組でした。日本科学未来館のお土産で断トツ人気の宇宙食に続き、我々のミドリムシクッキーが2番目に売れていることが取り上げられたのです。我々はミドリムシ禁止令を出していましたが、日本科学未来館はこの名前を使うことにこだわり、特例で許可していたのです。
健康食品をテコに急成長する
●ユーグレナの連結業績
注:2012年9月期は単体
この番組をきっかけに多くのテレビ局がこのクッキーを取り上げ、人気に火が付きました。ある番組では、エビや肉、リンゴなどを並べ、ミドリムシに59種類もの栄養素が含まれていることを示してくれました。
人気が出るまでのプロセスを通じ、私は考え方を変えました。それまではデータを駆使して科学的な真実を示すことに注力してきましたが、人々の感情に訴えかけることの重要性に気が付いたのです。それからは、科学と感情の両方を重視し、中庸を得ることを常に心がけています。
粗利益率を最も重視する
一度、認知度が高まると販売はぐんぐん伸びていきました。ここからは、数字を交えて経営の各論に入りたいと思います。私が健康食品を含むヘルスケア事業の中で重視しているKPI(重要業績評価指標)は、粗利益率です。
どの指標を重視するかは、事業の特性によるのではないでしょうか。ベンチャー企業として重視するKPIは、スタートアップの時点で黒字か赤字かでかなり変わってきます。ミドリムシは他にはないイノベーティブな技術の裏付けがあるので、高い粗利益率が確保できると考えています。むやみに規模を追うと、安易な値下げに走ってしまう。その誘惑に流されないように、粗利益率を常にチェックしているのです。
この粗利益率を高めるカギが、消費者への直接販売と法人向け販売のバランスです。直販は緑汁や「飲むミドリムシ」などがあり、法人向けでは武田薬品工業などにOEM(相手先ブランドによる生産)供給しています。粗利益率は直販が80%程度で、法人向けが55%程度です。売上高が10億円くらいになるまではブランド力がありませんから、協力企業に対して、ミドリムシを地道にOEM供給していました。
少しずつブランド力が高まってきたので、今は直販比率を高めることに力を入れています。2015年9月期には44%だった直販比率が、2016年9月期には61%に達しました。2020年には国内の売上高で、直販比率を80%にするのが目標です。
ただし、80%以上にはしません。人間を含む生物には、2:8の法則があるからです。例えばミドリムシは日射量の多い絶好の環境下でも、2割は暗い所にとどまっています。環境の急変に備えるためです。
欲張ると変化に対応できない
これはビジネスにも当てはまります。欲張ってOEMをやめて100%直販にすると、環境変化に対応できません。仮に直販の仕組みが失敗した場合に販売がゼロになるリスクがあります。短期的には高収益になるかもしれませんが、トラブル時の回復力がないのです。
一方、今後の中核事業として育てているエネルギー・環境事業は、ヘルスケア事業とはKPIが全く異なります。
我々は2020年までにミドリムシ由来のバイオジェット燃料を実用化します。ミドリムシから油分を取り出し、それを精製してバイオジェット燃料にする。精製技術は、米石油メジャーのシェブロンからライセンス供与を受けています。バイオジェット燃料は試験利用というレベルではなく、商業的に利用できる量の生産を目指します。
事業の特性によりKPI(重要業績評価指標)は異なる
燃料はコモディティーのビジネスですから、高い利益率の実現は難しい。いち早く規模を拡大し、既存の商品と比較される対象となり、赤字にならないようにコストを下げなければなりません。ベンチャー1社では迅速に規模を拡大できないため、大企業のパートナーと一緒に取り組みます。ユーグレナが技術開発や全体の取りまとめを担い、伊藤忠エネクスに原料の調達、千代田化工建設に実証プラントの建設、全日本空輸に航空燃料の運用を担当してもらいます。
また、食品用のミドリムシは沖縄県の石垣島で製造していますが、燃料用は三重県多気町で生産します。木質バイオマス発電所の隣接地に国内最大級のミドリムシの培養プールを建設。発電所の排ガスや排水に含まれるCO2(二酸化炭素)やエネルギーを用いることで、大幅なコストダウンを図ります。
バイオジェット燃料が求められる背景には、地球温暖化対策があります。国際的枠組み「パリ協定」を踏まえ、日本は温暖化ガスの排出量の削減目標を定めました。国連傘下の国際民間航空機関(ICAO)は、航空会社にCO2削減を求めています。ミドリムシは光合成でCO2を吸収するため、CO2削減に貢献できるのです。
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