閉塞感が漂う日本でも、新たなビジネスを創造する起業家たちが確かに存在する。「できるはずがない」という常識を、どのような発想と情熱で乗り越えてきたのか。新連載の初回は腕時計市場の寵児、Knotの遠藤弘満氏が自らの軌跡を語る。

(写真=的野 弘路)
遠藤弘満代表の経歴
1974年:東京都生まれ
1994年:通信販売会社入社
2003年:輸入商社を設立
2005年:北欧時計ブランド「スカーゲン」の日本総代理店に
2012~13年:スカーゲンの代理権を失い、輸入商社の代表を辞任
2014年:Knotを設立。事業化の資金調達の際に、「クラウドファンディング」を使って話題を呼ぶ
2015年:東京・吉祥寺に1号店を開業
腕時計市場への新規参入を阻む高い壁
  1. 大手3社(セイコー、シチズン、カシオ)による実質的な寡占状態
  2. 幅広い世代の時計離れと、それに伴う国内市場の先行き不透明感

 突然ですが、皆さんは今どんな腕時計をしているでしょうか。国内メーカー、あるいは海外製の時計で、愛着のあるブランドをお持ちの方も多いかと思います。ただ、最近は「スマートフォンで代用できるから腕時計はあまり着けない」という方も増えているのではないでしょうか。

 バブル崩壊以降、日本の時計産業は苦境に立たされ続けています。さらに、人口減少とインバウンド(訪日外国人)消費の減速で、先行きの不透明感は強まってさえいます。

Knotのクオーツ式時計は本体価格が1万4000~2万円程度。機械式時計(写真)は、国産ながら価格を4万5000円(税抜き)に抑えた

 また、国内ブランドの市場がセイコーホールディングス、シチズン時計、カシオ計算機の3社でほぼ占められている構図をご存じの方も多いでしょう。Knot(ノット)が飛び込んだのは、そんな「先行き不透明」かつ「大手による寡占状態が続く」市場でした。

 では、私がどのようにして無謀と言われたビジネスモデルを成立させるに至ったのか。これまでの軌跡に、しばらくお付き合いいただければ幸いです。

「奪われた経験」が出発点

 私が腕時計のビジネスに関わるようになったのは、15年ほど前のことです。通信販売会社のバイヤーとして海外を飛び回る中で、まず米国の「ルミノックス」という時計ブランドの輸入販売を手掛けるようになりました。そうやって経験を積んでいた頃に、デンマークの「スカーゲン」と出合い、会社を興して日本の総代理店になりました。

 ビジネスは順調でしたが、ある日、スカーゲン本体が他の企業グループに買収されてしまい、何年もかけて積み上げたビジネスをあっけなく奪われるという経験をしました。

 失意の時期を経て、今度は自分のブランドを立ち上げて勝負しよう、と決意したわけですが、まあ、これが、苦難の始まりでしたね。15年間、横で私の仕事を見ていた妻でさえ、「日本で時計ブランドなんて、どうやって立ち上げるの?」と半信半疑でしたから。

 他の産業と同じく、時計の生産拠点も主に中国への移転が進んできました。一方、国内を見渡すと、大手時計メーカーの仕事を長年請け負ってきた、中小規模ながら高水準の技術を持つ素材、加工メーカーなどが残っていることは知っていました。

 ブランド名のKnotには「結ぶ」という意味があります。川上の「あまり世間に知られてはいないが、高度な技術を持つメーカー」と、川下にいる「厳しい目を持つ消費者」とを結ぶことで、高品質を保ちながら入門価格帯の国産腕時計ブランドを生み出す──。

 Knotを立ち上げる際に描いたコンセプトですが、これは今でも不変です。そういう意味では、現在も当初計画を一つひとつ現実にしているだけです。