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 新しい「器」を生かすには、人事が肝となる。布施社長は、マーケティング本部のトップに営業出身の石田明文執行役員を据え、マーケティング部と営業部の連携に必要な主導権を営業部に持たせることで、「マーケティング部上位」の意識を変えさせるようにした。

 さらに、マーケティング部の社員にとって衝撃だったのは、同部のトップに社外出身者が招かれたこと。17年3月30日付で部長に就いたのは、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)ジャパン出身の山形光晴氏。当時41歳での部長就任は、保守的な社風のキリンビールでも異例のことだった。

 改革の旗を振る社長に、改革派の上司がそろえば、現場も従うしかない。マーケティング部では店頭での販促手法を考えるようになり、営業部も売れるためのブランドの認知度向上策も練るようになった。新商品重視からブランドを育成する体制に切り替わった。

 変化は現場のあちこちで見られる。これまではテレビで一番搾りのCMが流れていても、店頭で発泡酒「淡麗グリーンラベル」の陳列が強化されるなど、広告宣伝と店頭販促の商品が合致しない事態もあった。今では「消費者がテレビで見た商品だと気付く売り場を作れている」と石田氏は手応えを語る。

「上の意見」を気にしない

 あたかもマーケティング部門を解体するかのような組織改編だったが、実はそうとも言い切れない。実際に布施社長が解体を試みたのは、意思決定の仕組みだ。

 従来はマーケティング部の担当者は商品開発案を社長と議論したり、「先輩」に当たるマーケティング部出身の役員の顔色をうかがったりしながら詰めていったが、今はマーケティング部部長の山形氏が決定権を持つ。担当者からすれば、「上の意見」を気にすることなく、商品開発に没頭できる環境になったわけだ。こうした仕組みを作り上げたことについて、布施社長は「物事の判断基準をお客様に置くという点で自分と山形の考えが合致した。だから彼に任せた」と言い切る。

 布施社長が全幅の信頼を寄せる山形氏。「外様」だからこそ、あえて社内に波風を立て改革を引っ張る。

 キリンビールに移ってすぐ、社内に強い衝撃を与えたのは、既に決まっていた一番搾りのリニューアル戦略を、「味以外の全てを見直す」と決断したことだった。

 山形氏は、一番搾りという主力ビールが、誰にどうPRすべきかの方向性が見失われていると感じたという。リニューアルのたびに「売れ行きが好調な競合品の要素や、消費者からの声を反映したことで、気づけば、商品を開発した当初のコンセプトが見えにくくなっていた」と山形氏は分析した。

 そこで山形氏が取り組んだのは、一番搾りが持つDNAの再確認だった。開発当初の商品コンセプト、狙っていた客層、現代の消費者がビールに求めているものは何か。1990年に一番搾りを発売したときの担当者に話を聞き、過去の資料だけでなく請求書までも取り寄せ分析した。そこから導き出した答えは、ビールが大好きな40~50代に届ける「一番おいしいビール」というコンセプト。この軸に沿うために、広告キャラクターは一新し、広告代理店やパッケージも変えた。要素を継ぎ足すことに力を入れてきたブランド構築の考え方を大きく転換させたのだ。

失敗から学ぶ

 一番搾りのリニューアルと並行して、着手したのが、今、大ヒットしている本麒麟の開発だ。2017年4月に発売した第三のビール「キリンのどごし スペシャルタイム」の販売不振を受け、開発がスタートしただけに、「売れる」ことが絶対条件。これまでであれば、売れ行きのいい競合品を分析し、商品コンセプトを固めることが多かったが、山形氏は過去の失敗を学ぶことを部下に求めた。

 まず、問うたのは「過去10年に発売した第三のビールの新商品で、なぜキリンのどごし〈生〉しか残っていないのか」。キリンビールでは第三のビールの中でも原料の一部に麦芽を使用したタイプの商品は12連敗と散々な結果。なぜ、売れなかったのかを徹底的に分析することで、消費者のニーズの変化を捉えようと試みた。

 コンセプトやパッケージ、売価設定、売れ行き、投資の継続期間──。複数の視点から「売れない要因」を探り、これを「反面教師」に本麒麟の開発に反映させる手法を取った。

日経ビジネス2018年12月24日・31日号 58~62ページより目次