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 もちろん、キリンビールも手をこまぬいていたわけではない。競合で売れている商品の特徴をまねた新商品を手掛けたり、主力ブランドの派生品を打ち出したり、とあの手この手で販売増を狙った。だが、ブランドが増えるだけで投資資源は分散。結局、シェアの低下に歯止めはかからなかった。

 15年に就任した布施孝之社長は当時をこう振り返る。「シェアの低下を食い止めたい会社の都合を優先して、消費者がどういった商品を求めているか考えきれていなかった」。ビール業界の盟主だった過去のプライドが変革から遠ざけたとの見方もある。

マーケが「聖域」の代償

 中でも高いプライドを誇っていたのがキリンビールで「聖域」と呼ばれるマーケティング部門だ。販売縮小に伴い、生産部門が15あった国内工場を9に減らすなどリストラを断行しても、マーケティング部は無縁。営業などで実績を積んだエリートが配属され、商品開発と広告宣伝というビール会社では「花形」の仕事を一手に引き受けてきた。

 メーカーにとって、マーケティング部門は一目置かれる存在だ。売れる商品を開発できるかは、メーカーの競争力に大きく影響を与えるため、経営に対する発言権は強い。キリンビールの関係者は「営業から見ると、雲の上のような存在」と話す。

 重要部門の一つであるため、キリンビールの役員陣にはマーケティング部出身者がごろごろいる。実際に商品化の決定権を握るのが、この重鎮たち。これでは現場が商品企画のアイデアを出しても、「上の好みを満たすような、上に通すためだけの商品になる」(キリンビール関係者)ばかり。消費者ニーズとは懸け離れた商品が出てくるのも無理もないことだった。

 そんなヒット商品を生めない風土に危機感を募らせたのが、布施社長だ。社長就任以降、「顧客本位」「現場重視」への意識の切り替えを、社内で繰り返し口にしてきたという。だが、トップの掛け声だけで社員の意識は変わるものではない。そこで、布施社長が17年1月に打った手が大胆な組織改編だった。

 下の図を見てほしい。これまではマーケティング部が商品開発と広告戦略を担当し、新商品が出れば、営業担当の子会社に引き継ぎ、営業活動と店頭での販促手法を考えてもらう分業体制だった。布施社長の組織改編のポイントは、マーケティング本部の新設だ。同本部がマーケティング部と営業部を傘下に持つことで、両部の「壁」を取っ払うことにした。

キリンビールのマーケティング体制はこう変わった
日経ビジネス2018年12月24日・31日号 58~62ページより目次