トレードマークの白い髪と、かっぷくのいい体格。最新の経営論から詳細な技術論まで幅広い話題を取り上げて、若い学生を飽きさせない。ドイツの首都ベルリン南西部に位置するポツダム大学で、72歳になった今もエネルギッシュに教壇に立つ名物教授がいる。
ハッソ・プラットナー氏。SAPの共同創業者である。
同氏は技術者として、SAPの基幹製品であるERPソフトの開発を創業時から主導し続けた。1997年から2003年までは会長兼CEO。現在は取締役会議長としてSAPの経営を監督している。
そのカリスマ性から、プラットナー氏は現在も社内外で高い人気を誇る。SAPが毎年、ユーザーなどを招待して開く大型イベント「SAPPHIRE NOW(サファイア・ナウ)」は、同氏の基調講演見たさに参加する人も少なくない。アンゲラ・メルケル首相からの信頼も厚く、独政府が推進するインダストリー4.0構想について相談にあずかっているという。
プラットナー氏は1998年、個人資産を寄付し、ポツダム大学内に教育機関「ハッソ・プラットナー・インスティテュート」を設立した。ITを研究対象とする4年制の大学課程と2年制の大学院修士課程を提供している。
この教育機関でプラットナー氏が自ら始めた研究が、2000年代に危機に陥ったSAPを再生させた。
クラウド対応に後れ
2006年頃、20年以上にわたって成長を続けてきたSAPに、ある環境変化が忍び寄っていた。クラウドサービスの登場だ。
SAPのそれまでの基本的なビジネスモデルは、ソフトの世界では一般的な「パッケージ」と呼ぶビジネスだった。ユーザー企業は、SAPにライセンス料を支払ってERPソフトを自社のサーバーにインストールし利用する。自社専用のシステムなので、セキュリティーや処理速度を確保でき、自社用に独自機能も自由に追加できる。
一方、クラウドの場合、ユーザー企業はソフト会社のデータセンターで稼働するソフトを、インターネットなどを通じてアクセスし、サービスとして利用する。多数のユーザー企業が共有するシステムのため、低料金で利用できるが、原則として処理速度は保証されず、独自機能などの追加もできない。
当時、パッケージソフトを提供していた多くの会社は、クラウドがもたらす影響の大きさを過小評価していた。「パッケージソフトとクラウドサービスとでは信頼性や実現できる機能、処理速度がまるで違う」として取り合わなかった。
ところが現実には、CPUの処理能力の向上や通信速度の伸びによって、クラウドサービスは急激に広がった。2006年以降、米セールスフォース・ドットコムや米ネットスイートなどの新興企業が多様なクラウドサービスを提供し、急成長を果たした。
SAPもクラウドを甘く見ていたフシがある。自社のERPソフトをパッケージとして提供するビジネスに絶対的な自信を持っていたからだ。セールスフォースなどが提供するクラウドサービスを「所詮おもちゃ」と切り捨てる社員が少なくなかった。
クラウドがもたらす危機がSAPの業績に直接の影響を与えなかったことがこれに輪をかけた。2000年代に入っても、同社のERPソフトを導入するユーザー企業は着実に増え、2004年以降も増収を重ねた。
SAP社内に本格的に停滞感が漂い始めたのは2006年頃からだ。ERPソフトで圧倒的なシェアを誇るようになる一方で、高い収益が見込める大企業の開拓はほぼ終わっていた。
当然のことながら、ビジネスの重心は新規ユーザーの開拓よりも、既存ユーザーの契約維持に移る。攻めよりも守り。営業部隊はルーティンワークが多くなった。「やりがいを見いだすことができず、優秀な人材が次々とやめていった」とあるSAP社員は言う。
SAPが抱く停滞感を尻目に、おもちゃと揶揄していたクラウドサービスは急拡大を続け、SAPにとって無視できない存在になった。
ドイツのポツダム大学内にあるハッソ・プラットナー・インスティテュート。創設者のプラットナー氏は今もここで教壇に立つ
この記事はシリーズ「企業研究」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?