レガシーは狙って作るものではない

「シリーズ検証 東京五輪、宴の下の放漫」(12/26・1/2号)

 東京五輪の競技会場を巡ってレガシーという言葉をよく聞く。だが「遺産」は遺産になることを狙って建設できるものではないと思う。城郭など、日本にはユネスコの世界遺産に登録された建築物が数多くあるが、どれも遺産になることを念頭に設計・施工されたものではないだろう。前回の東京五輪の競技会場で、多くの人が納得する遺産と呼べるものは、日本武道館ではないか。もともと武道の聖地として建設されたが、いまは音楽の殿堂としての顔も持つ。当時全く予想されなかった使われ方だ。レガシーと呼べるものは、想定外の運も味方に付けなければ、そうそう誕生しないのだ。

細井 邦生(東京都、会社員、53歳)

編集部から

 確かに狙って作れたら世界中、レガシーだらけになっているでしょう。施設を作るまでの壮大な思いに加え、そこで紡ぎだす物語が折り重なって奇跡的にレガシーが生まれるのだと思います。ビートルズの来日コンサートなどが開かれた日本武道館はその代表例でしょう。
 2020年東京五輪・パラリンピックの会場整備では、大きな理念を感じられません。設計事務所や建設会社が前面に出ると、世間の批判を浴びるからでしょうか。今はコスト増への批判を避けるためにレガシーという言葉を使っている感すらあります。批判をされても豪華な施設を作る必要があることを堂々と説明する気概がなければ、レガシーを作ることなど無理なのではないでしょうか。

/大西 孝弘

江戸、別角度から見る楽しさ

「新春対談 安部龍太郎氏×竹中平蔵氏」(1/16号)

 江戸の創成期を別角度から捉えており、大変興味深かった。安部氏の『等伯』は豊臣秀吉と京都を中心に描かれたが、現在執筆を進めるのは徳川家康と江戸だ。土木技術で水道、堀、橋などの街づくりが進み、交通網が整い、人の交流や物流が活発になった。そこに情報化が重なり、江戸は人口100万人都市として発展したのであろう。そして、その基礎の上に庶民文化である歌舞伎や相撲など伝統文化が花開いた。互いに助け合う長屋生活を豊かにしたのは、公共投資だった面もあろう。

赤間 廣(神奈川県、無職、67歳)

編集部から

 「歴史は勝者が作る」ことは指摘されてきたところです。戦国の最終勝者である徳川家康が開いた江戸幕府が始めた鎖国や士農工商の固定化を基にした史観が、戦国時代の実態をもゆがめたという安部龍太郎氏の指摘は、うなずけるものがありました。「常識」にはゆがみが含まれることを忘れてはいけないと改めて思わされます。
 しかし、その家康自身は経済の人であったとも安部氏は指摘します。多くの人が食える社会を作ろうと、外征よりも国内開拓を選んだのだと。人口は戦国期の2倍に増え、富の蓄積と法の支配が実現しました。日本人は家康以前と以後で大きく変わったのかもしれません。歴史を知る楽しみは、想像の快楽でもあります。もし、家康が天下を取らず、豊臣政権が続き大航海と貿易の時代を迎えたら…。今年は年初から「学び」の楽しさに思いをいたしました。

/田村 賢司

日経ビジネス2017年1月30日号 97ページより目次

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