ちょっと前の話になるが、11月23日、岐阜市内で開かれた自民党支部のパーティーで、竹下亘総務会長が漏らした言葉が炎上している。

(イラスト=小田嶋 隆)
(イラスト=小田嶋 隆)

 内容は、天皇、皇后両陛下が国賓を迎えて開く宮中晩餐(ばんさん)会をめぐり、「(国賓の)パートナーが同性だった場合、私は(晩餐会への出席には)反対だ。日本国の伝統には合わないと思う」と、同性カップルへの排除の感情を明らかにするものだった。

 発言は、記事化されるとすぐに各方面からの批判にさらされた。

 当然だ。いまどき公的な立場にある人間が、性的マイノリティーへの差別を公言して無事で済むはずがない。

 竹下氏が同性のカップルを宮中晩餐会に招くことに対して抱いた違和感そのものは、おそらく彼と同世代の日本人男性の多くが共有しているものでもある。その意味では、特段に異様な反応ではないのかもしれない。

 とはいえ、ご自身がその内心の差別意識を公然と口に出してもよい立場の人間であるのかどうかは、ちょっと考えてみればわかるはずのことだ。

 後日、竹下氏は、自身の発言について、23日にめいから電話で、「思うのはいくら思ってもいいけど、あれは言うべきじゃなかった」と注意されたことを明らかにし、そのうえで「言わなきゃよかったと思っている」と語った。

 これは、身内の人間からの叱責を明かすことで、結果として謝罪を表明してみせる一種の間接話法だ。つい先日も、橋下徹前大阪市長が、日本維新の会の若手議員との罵倒合戦について「おかんに叱られた」旨を漏らしていたが、いずれも、昨今流行の率直な謝罪を避ける便法のひとつなのだろう。

 ついでに申せば、この間接謝罪話法は、謝罪に見せかけた言葉の中に、なにげなく弁解をちりばめるテクニックとしても機能している。

 めいごさんの言葉の前段にある「思うのはいくら思ってもいい」という部分は、批判にさらされているおじさんをフォローするフレーズで、外部にそのまま開陳していい言葉ではない。