総務省が「正義のハッカー」養成に乗り出すのだそうだ。

 ここで言う「正義のハッカー」とは、コンピューターやネットワーク技術に精通し、サイバー攻撃に対処できる専門家を意味する。総務省は、2017年度から、年間で100人の人材を輩出することを目標に、総務省所管の国立研究開発法人、情報通信研究機構(NICT)内に、「ナショナルサイバートレーニングセンター」(仮称)という養成機関を設立する。そこで、工業高等専門学校や大学などの学生を中心に25歳以下の若者を募り、1年間かけて訓練するという。

 一見、もっともな話に聞こえる。

(イラスト=小田嶋 隆)
(イラスト=小田嶋 隆)

 が、そもそも「ハッカー」に「正義」と「悪」の区別があるのだろうか。

 10年ほど前、セキュリティーの専門家に取材する機会があったのだが、その折、専門家氏は、「いわゆるハッカー技術と、セキュリティー技術は、同じ技術を別の方向から言い換えた言葉にすぎない」と断言していた。

 つまり、「金庫破りの技術」と「金庫づくりの技術」は「暗号破りのスキル」と「暗号作成のスキル」が不可分であることと同じく、究極的には同一だというのだ。

 結局、ハッカー技術が「正義」に使われるか「悪」に使われるのかは、ハッカーの胸三寸にある。とすると、総務省は「正義のハッカー」を養成するためのカリキュラムで、「悪のハッカー」を育成することになりかねない。セキュリティー業界が支払う金額より、ハッキング犯罪がもたらす報酬が大きければ、ハッカーは悪に転ずるだろう。腕の良いハッカーであればあるほどそのリスクは大きくなる。