PROFILE
富士フイルムホールディングス会長・CEO。1939年旧満州国生まれ。63年東京大学卒業、富士写真フイルム入社。2003年6月代表取締役CEO就任。写真フィルムに依存した事業構造を大転換した。
(写真=的野 弘路)

「加算ではなく、
シナジーを生み出せる掛け算が
買収の成否を決める」

 経営者にとって、なぜM&A(合併・買収)という選択肢が必要になるのか。

 答えは単純だ。自分たちが持っていないものを手に入れるため、というのがその答えになる。

 だが、単純に「ない」ものを探すのではない。自分たちが生き抜き、競争を勝ち抜いていくために「あるべき姿」について徹底して考え、その事業ポートフォリオを形成していくために、今、何が足りないか、あるいは何が加わることで新しい価値を生み出せるかについて考える。

 もちろんそうした手元にない技術や事業を、自力でゼロから育て上げて事業ポートフォリオを完成させるという選択肢もある。だが、山を登るのに1合目から登ってはあまりに時間がかかる。だから、5合目から登ろう、という発想がM&Aだ。他社がゼロから築き上げ、5合目まで登ったポジションを獲得するために買う。時間を買うという事になる。

 さらに言えば、M&Aすることでお互いの長所を生かし合うシナジーにより、5合目から頂上に、それまでのペースより加速して登れるようになることをもくろむ。

 自分たちが持っている技術と組み合わせることで、もっと大きな付加価値を生むことができるであろう技術、あるいは、自分たちが持っている営業力や販路があれば、もっと用途や市場を広げられるであろう中小企業の技術など、それらを取り込むことで自分たちに加わるものが、単純な「足し算」で足されるのではなく、「シナジー」によって効果的に大きくなるもの、つまり「掛け算」になるものを得る。そういったM&Aであれば、M&Aする側にもされる側にも成長をもたらす。

 最近の当社の事例で言えば、10月に、半導体の製造プロセスなどで使用する溶剤を高純度で製造する米ウルトラ・ピュア・ソリューションズ(UPS)を買収すると発表した。

 当社は、写真フィルム事業という「本業」が消失していくという危機を迎え、自分たちの中にどんな技術や蓄積があるのか、それを組み合わせることで、どんな価値を生み出せるのかを徹底して考えた。

 その答えの一つとして、今積極的に経営資源を投入しているのが産業用の高機能材料分野だ。その中でも半導体材料事業は大きく成長している。

 半導体の基板であるシリコンウエハーに、電気信号が流れる回路パターンを形成するために「フォトレジスト」という製品が使用される。実はフォトレジストによって回路を作るプロセスは、写真を印画紙に焼き付けるメカニズムに近い。写真フィルムで培ってきた最先端の感光材技術がその他の技術との組み合わせで、今、半導体材料の分野に開花しているわけだ。

 UPS社の高度な精製技術による高純度溶剤を用いて高機能・高品質なフォトレジストや現像液などを開発し、半導体材料の最先端市場をさらにリードしていく。UPSの買収の狙いはそこにあった。

 M&Aで大事なのは、何のためにM&Aを行うかという戦略だ。ただ売り上げや利益を増やすためのM&Aもあるが、自分たちの戦略を実行するためのM&Aがもっと重要だ。当社の場合は、技術的なシナジーが出せる相手を選び、新しい成長分野を育てることを、M&Aの目的としている。

 単純な足し算ではなく、2つの会社が一緒になることで掛け算となって、世の中に提供できる価値の総和が増える。これこそが、M&Aの意義であろう。

日経ビジネス2015年12月21日号 148ページより目次

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