PROFILE
富士フイルムホールディングス会長・CEO。1939年旧満州国生まれ。63年東京大学卒業、富士写真フイルム入社。2003年6月代表取締役CEO就任。写真フィルムに依存した事業構造を大転換した。
(写真=的野 弘路)

「仕事の成果を決めるのは
 その人自身が磨いた五体に宿る総合力である」

 私は営業畑が長いのだが、その経験の中で実感したことがある。営業の成果を上げられる人というのは、人間性や知力、体力などのバランスがよく取れている。その後、それは優れた研究者や技術者、そして何より経営者も同じということに気づいた。

 何事かを成し遂げられるかどうか、人のあらゆるパフォーマンスは、その人の持つ「五体」すべての総和、人間力の総和が決める。私が「ビジネス五体論」と呼んでいるこの考えについて、以下述べる。

 まず競争相手よりすばやく、正確に情報をキャッチする力。これは「目や耳、皮膚」等に宿る力だ。視覚、聴覚、触覚、味覚といった感覚器官を研ぎ澄ませ、情報を収集する。時には「勘」と呼ばれるような、五感を超える「第六感」も必要になる。

 そして、得られた情報を分析し、考える力。「頭」だ。五感から得られる情報の中に、因果関係を見抜き、本質を捉え、課題に落とし込んで戦略や戦術を立てる。左脳が司るとされる「論理」だけでなく、右脳が司るとされる「情熱」や「感性」、「美学」も動員して当たらなければならない。

 「胸」とはハートだ。例えばある社員が、何か新しいチャレンジを思いついた。それを実行するためには上下左右、周囲の人を動かす力がいる。結局のところ、どれだけ頭で正しい判断をしていても、周囲の人々、ステークホルダーが付いてくるような人でなければ、物事は動かないということだ。

 つまり、人を受け入れ、人に受け入れられるかどうか。公のために尽くすことができるか。そうしたハートがなければ、周囲を巻き込んで大きな仕事をすることはできない。

 しかし、以上の諸要素だけでは物事は成し遂げられない。加えて度胸、勇気、ガッツが必要だ。これらは所謂「腹」に宿る力だ。

 昔から好きな言葉に知識・見識・胆識というものがある。知識はただ知っているだけ。そこに自分の価値観を込めて血肉としたものが見識だ。「これは正しい」「すべきことだ」。そこまで踏み込むことで知識は見識になる。だが、見識だけでも不十分だ。さらに、「正しい」と信じて下した決断を、結果に対して責任を負いつつ、行動に移せるかどうか。そこで問われる胆力を伴う見識を胆識と呼ぶ。危険や痛みを伴った、しかし必要な決断を貫き、実行できるかどうか。リーダーには、その胆力が問われる。

 五感で知り、頭で考え、ハートと胆力を持って臨む。あとは、そうして練られた戦略や戦術を人にどう伝え、どう実行していくか、だ。

 「足腰」も不可欠だ。言葉だけでない、他人任せにしない行動力と実行力。そして、現場まで足を運んで頑張る力、現場をその目で見ようという姿勢。これらがなければ戦略が現実から遊離する。

 技術、スキルも必要だろう。いわば「手」と「腕」の力。ただその巧みさだけでなく、時には、強引にでも自分の考えに従わせ、戦術を遂行させる「腕力」も必要になる。

 自分の考えを正しく伝え、理解してもらうためのコミュニケーションの力も欠かせない。つまり「口」の力だ。そして「顔」や「姿勢」。美男美女であるかどうかを言うのではない。その人の生き様や信念が表れた、自信のある顔つきをしているか。背筋が伸びているか。それだけで印象はまるで変わってくる。

 経営という営為は、頭だけで考えて結論を出せるゲームではない。人気投票で決するものでもない。自分が持ち得るあらゆる力、五体に宿るすべての力を総動員して、自分そのものを賭して挑むものなのだ。

日経ビジネス2015年9月7日号 132ページより目次

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