PROFILE
伊藤忠商事前会長。1939年生まれ。食料分野を中心に活躍。98年に社長就任。4000億円規模の不良債権を処理し業績を回復。アジアへの造詣も深く2010年、民間出身では初の駐中国大使に起用された。
(写真=清水 盟貴)

「復興を阻む官僚主義。
瀬島龍三の教訓に学び現場にカネと権限を」

 先日、様々な業界の経営者仲間と宮城県石巻市を訪れた。東日本大震災からの復興の現状を、この目で確かめておきたかった。石巻市長らとの面談や、仮設住宅の訪問を通じて、被災地が直面している厳しい現実を知った。

 それは、霞が関の官僚たちによる、現場の思いを軽視した形式主義の弊害だ。「何かをやろうと中央官庁に相談すると、あれこれ細かい資料を持って来いと言われて、話が先に進まない」と嘆く声を耳にした。

 どこかで聞いたような話だった。2007年から約3年間、地方分権改革推進委員会で委員長をしていた時、地方自治体の首長たちは似たような嘆きを何度も打ち明けてくれた。地方自治体に権限を移譲することの重要性が叫ばれて久しい。しかし、地方創生で最も重要と言える被災地の復興でさえも、実態は権限移譲が進むどころか、中央の官僚たちは財源を握っていることをいいことに、自らの権限を手放そうとしていないようにさえ思われる。

 震災からの復興こそ、地方の自立を促すモデルケースにも成り得たのではないだろうか。被災地が望む復興の姿は、被災された方たちが一番よく知っているはずだ。それなのに、旧態依然とした中央主導の官僚主義を押しつけているのではなかろうか。官僚主義の悪いところが、被災地における復興への取り組みでも出てしまっているように思えてならない。

 市内に4カ所ある「復興まちづくり情報交流館」では、震災前後の様子や復興の状況を発信している。だが、館長に話を聞けば、「人々の記憶が薄れてきている」という。被災地に居ながらにしてそう感じるのだから、中央の官僚の記憶はさらに薄らいでいるだろう。

 被災地の現場には、いまだに苦しんでいる多くの方たちがいる。災害公営住宅(復興住宅)の整備が進んできたことで、仮設住宅から移転した人も多い。仮設住宅団地の入居率は下がっており、仮設住宅をより規模の大きな団地に集約する話も出ているようだ。しかし、身寄りのない高齢者には、現状の仮設住宅で築いた人間関係を失いたくないという思いも強い。生活の流れはそう簡単に変えられるものではなく、一律に転居を求めるのは難しい。

 産業の復興も困難に直面しているという。震災リスクに直面した製造業では、サプライチェーンの見直しが進んでいる。それによって取引が打ち切られることも珍しくない。漁業や農業では若者が戻らず、風評被害もなくなってはいない。

 かつて大本営作戦参謀だった瀬島龍三が伊藤忠商事幹部役員だった頃、ニューヨークに赴任する私に語った言葉が思い出された。

 「必要ならば、カネのことなど気にせず、すぐに現場に飛べ」

 それは、現場を見ずに大本営から作戦を指揮したことに対する自戒の念を込めた教訓を、私に伝えたかったのではないかと。

 復興も同じだろう。中央の官僚たちは、どれだけ現場に足を運び、一次情報を収集して政策判断をしているのだろうか。復興に必要なのは、カネだけではない。権限も地方自治体に大胆に渡して、現場の自立を支援することが必要なはずだ。地方の公務員に任せてはおけないという霞が関の官僚の意識は、傲慢である。

 現場の復興は被災地に任せ、むしろ中央の官僚や、官僚を使いこなすべき政治家はもっと大きな政策を描いてはどうか。例えば、被災地の水産物や農産物の全国販売を促進するために、被災地産の商品を特別に消費税ゼロにするのもいいだろう。復興を支援するために、それくらいの大胆なインセンティブを用意するくらいの発想を期待したい。

日経ビジネス2016年7月4日号 100ページより目次

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