PROFILE
1942年埼玉県生まれ。66年東大法卒。69年に家業である八百幸商店(現ヤオコー)に入社。85年社長。関東地盤の有力食品スーパーに成長させる。2007年に会長。09年から日本スーパーマーケット協会会長。
(写真=的野 弘路)

「任せて考えさせることが社員のやる気と成長の源。
偉すぎる経営者は弊害も」

 私は商家の長男として、家を継ぐことを期待されながら育った。だが、物心が付いたころから商人にはなりたくないと思っていた。父と母がやっていた商店の仕事は、頭を下げてばかりに見えて、何となく卑屈に感じたのだ。

 大学は弁護士を目指して東京大学の法学部に入った。司法試験の勉強に取り組みながらも、父が亡くなった後、ひとりで頑張っている母を何とか助けたかった。そこでスーパーマーケット業界の最新情報を母に教えてあげようと調べていたとき、東大の林周二先生の『流通革命』という著書に出合った。

 メーカーが支配していたサプライチェーンを変革して、小売業が流通の主導権を握らないと国民生活は豊かにならないという議論を知り、まさにその通りだと思った。

 それで小売業は男が一生を懸けるに値する仕事なのだと思い直したのだが、なかなか家業を継ぐとは言い出せず、うじうじと2年間、司法浪人をした。やっと「継がせてほしい」と言うと、母は「男が一度決めた目標を変えるとは何事だ」と怒り、2カ月も口を利いてくれなかったが、最後は受け入れてくれた。すぐに埼玉県の同業、丸悦ストアー(現マルエツ)に1年間の奉公に出され、住み込みでスーパーの基礎を学んだ。

 家に戻ると母は私に経営を任せてくれ、1970年代から本格的に出店を始めた。一番苦労したのは人材の確保だ。76年、初めて大卒を7人採用できた。今は関東で150店以上を持つチェーンだが、当時はわずか5店舗で、全く知られていない。人事担当が連れてきた学生を、私自身が一生懸命口説くしかなかった。「小売業はものすごく大切な仕事なんだ」「ヤオコーは将来こんな会社になりたい」「俺はこういう生き方をしたい」といった調子だ。そうして入った若者が今、幹部になっている。