PROFILE
1937年長野県生まれ。肺結核の治療のため高校を中退。58年、寒天メーカーの伊那食品工業に入社、83年に社長就任、2005年から現職。
(写真=陶山 勉)

「変化の激しい時代だ
人の行く裏に道あり花の山
独自の道を歩む勇気を」

 2016年3月17日、キヤノンが東芝の医療機器子会社である東芝メディカルシステムズを買収する契約を結んだというニュースが流れた。これを聞いて最初に思いをはせたのが、東芝メディカルの社員たちの心境だ。

 病院に行くと、「TOSHIBA」のロゴの入ったMRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影装置)をよく目にする。その度に「東芝は大した技術を持った会社だ」と感心していた。きっと社員たちの中にもTOSHIBAの文字を見て憧れ、入社した人もいたはずだ。他社に売却されると聞いて、さぞがっかりしたことだろう。改めて、会社や経営者のあるべき姿は何かを考えさせられる。

 「人の行く裏に道あり花の山」とは、千利休が詠んだとされる句。私が会社を経営する上で大切にしている言葉だ。花見の時期、山の大通りには人だかりができる。しかし、主道から少しそれると、人ごみに邪魔されずゆっくりと美しい桜を楽しめる。「付和雷同するのではなく独自の道を歩みなさい」という意味だ。

 これは経営にも当てはまる。大通りは、いわば「トレンド」。トレンドに乗れば業績は上がり、社員も幸せになれるかに見える。だが、そこは黒山の人だかり。すぐに過当競争が起きて業績は下降する。

 裏道を行きさえすればいいかというと、そうとも限らない。世の中は常に変化しているからだ。現代は、そのサイクルが短くなっている。経営者が時代の変化を見誤れば、優れた技術や人材があったとしても生き残れない。

 会社を永続させるには、経営者がよく学ぶことが欠かせない。と言うと、MBA(経営学修士)を取得したり経営セミナーに参加したりすることを思い浮かべる経営者は多いだろう。だが、そこから得られるものの多くは「方法論」であって、「道」ではない。方法論は短期で取得できるが、道にたどり着くにはそれなりの時間がかかる。

 道は経営者として生きてきた証しでもある。長い年月をかけて、多くの人の話を聞き、たくさんの本を読み、失敗や成功の体験を積み上げて初めて導き出せる「あるべき姿」なのだ。私が現在、思い描いているあるべき姿を明かす前に、私が下したある決断の話をしたい。当社が倉庫を新設した時のことだ。

 倉庫建設予定地の中央に車1台が通れるくらいの細い市道が走っていた。私は市に、その道を敷地外にある別の道と一体にして、車が安心して行き交える広い道を作ってはどうかと提案した。必要な費用は当社が負担するからと。すると、許可が下りた。

 もともと敷地外にあった道は舗装されていなかった。だが、せっかくだから舗装した方がいい。しかも、新道は交通量の多い大通りと交わっていた。地域の住民が、通勤時間帯に混雑で右折ができず困っていると聞いた。もちろん当社にそれを改善する義務はないが、私は迷わず舗装し、信号を設置した。

 かなりの費用がかかったが、損をしたとは思わなかった。地域住民は喜び、社員たちは住民から感謝される。こうした活動をやり続ければ、当社のファンが増え、会社のブランドにつながる。その効果は、長い目で見れば広告よりも高いと私は考えている。ファンを増やすことは、持続的な成長につながるからだ。

 急がず、ゆっくり、末広がりに。それが私の考える会社のあるべき姿だ。

 経営者のあるべき姿は、よく学び、そこから導き出した理念に基づいて、勇気を持って人の行かぬ道を歩める人。そして、時代を読みながら、次世代の経営者や社員たちのために必要な研究開発投資ができる人だと思う。

日経ビジネス2016年4月18日号 98ページより目次

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