PROFILE
ダイキン工業会長兼グローバルグループ代表。1935年京都府生まれ。94年6月に社長就任。2002年6月会長兼CEO(最高経営責任者)、2014年6月より現職。ダイキン工業を空調でグローバルトップ企業に育てた。
(写真=太田未来子)

「女子プロゴルフを30年。
財界同士の交流を深めて沖縄と本土の架け橋に」

 当社が主催する「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」が今年3月で30回目の節目を迎えた。開幕戦にふさわしい接戦の末、アン・ソンジュ選手が優勝を遂げた。

 このイベントには「沖縄と本土の架け橋」という、もう一つの側面がある。大会が始まった1988年から、日本の経済界を代表するそうそうたる財界人を沖縄に招待し、沖縄の財界人と懇談する機会を提供しているのだ。今回も200人を超える財界人が沖縄を訪れた。

 この大会は、地元琉球放送の小禄邦男最高顧問の「女子プロゴルフを開催し、沖縄の魅力を全国に伝えたい」という熱い思いが原点にある。小禄氏が、元日本興業銀行頭取の中山素平氏に相談したところ、「ダイキンにスポンサーを頼んだら」と勧められたことから、大阪に事業基盤のある当社が、縁あって沖縄でゴルフトーナメントを開催することになった。

 「本土の人は沖縄への関心が低い。日本のリーダー層は沖縄の現実、実態を知るべし」との問題意識を持っていた中山氏の提案もあって、「前夜祭やプロアマ大会に、関東・関西の財界人を招待し、沖縄と本土の交流を深めてもらう」という社会的な意義を持つ大会として誕生した。

 その交流の輪は思わぬ広がりを見せた。本土と沖縄の財界が一緒になって沖縄振興に取り組もうと、大会3回目の90年に「沖縄懇話会」が発足。沖縄側の代表幹事は、後に沖縄県知事となった琉球石油(現りゅうせき)の稲嶺恵一氏。その知事就任パーティーに駆けつけた小渕恵三首相に、懇話会のメンバーが、「サミットはぜひ沖縄で」と進言し、2000年の九州・沖縄サミットへの流れが生まれた。