PROFILE
富士フイルムホールディングス会長・CEO。1939年旧満州国生まれ。63年東京大学卒業、富士写真フイルム入社。2003年6月代表取締役CEO就任。写真フィルムに依存した事業構造を大転換した。
(写真=的野 弘路)

「古いものの中にある本当に価値あるものは、
失われず残り続ける」

 アナログの「写真」を事業の基盤としていた当社が、写真のデジタル化によってその事業構造を大きく転換しなくてはならなくなったことは何度か当欄にも書いてきた。こうした「デジタル化」の潮流に無縁でいられる分野は数少ないだろう。

 だが、アナログが全く廃れて、すべてがデジタルに移行するだろうか。そうではないはずだ。最近、その思いを確かにするようなニュースにいくつか触れた。

 米国では、電子書籍の売り上げが減少に転じている。同国の出版業界団体が1月に発表したところによれば、2015年1月~9月までの電子書籍の売り上げが前年同期と比べて11%も減少したという。紙とデジタルを含めた売り上げは2%の下落なので、紙の書籍よりも電子書籍の落ち込みが激しい。電子化率も20%でここ数年、横ばいだそうだ。

 電子書籍のプラットフォーム「Kindle」を運営し、インターネット上で書籍などを販売する米アマゾンが、昨年11月に、実際の店舗の書店をシアトルに開いた。さらに2月、店舗を400店まで拡大するという報道もあった。ネット企業の代表とも言うべき会社が、今、リアルの拠点を重視し始めている。

 インターネットを使った販売でも、紙に印刷されたカタログが復活の兆しを見せているようだ。実際の店舗を持たないインターネット専業の小売企業が、販売ツールとして印刷カタログを利用するケースが増えている。印刷カタログを使って注文した人は、使っていない人に比べて購入金額が1.5倍にもなるそうだ。

 レコードの復権で、ファンが再び増えているという話も聞く。針が走るレコードの溝の深さには無限の階調があり、人間の耳では聴き取ることができないような低音までを記録することができる。CDでは再生できない深みや奥行きを生むのだという。

 当社に「チェキ」という製品がある。撮影したその場で写真プリントを手にすることができるインスタントカメラと呼ばれる分野の商品だ。かつてはポラロイド、コダックと3社で競い合った分野だった。一般のカメラはほとんどデジタル化し、デジタルカメラの一部はスマートフォンに取って代わられた。だが、そんな時代にこのチェキが再び売れ始めている。

 チェキの販売台数は2002年度には100万台に達したが、これがピークで、2005年度には10万台まで落ちている。ところが2007年度から息を吹き返し、20万台に。以降、伸び続けて2011年度に100万台を回復。2015年度には500万台に達する見込みだ。韓国、中国、日本など東アジアで火が付き、今では欧米圏など世界中で大きく伸ばしている。

 写真のデジタル化の利点は確かに大きい。転送が容易で、現像がいらず、加工も簡単だ。だが、アナログの写真プリントは「現物」として手に取ることができる。ある瞬間を切り取ったモニュメントとして、リアリティがある。この感覚が、デジタル世代の少女たちには新鮮だったようだ。写真の余白にメッセージを添えてその場で手渡すといった具合に、若者たちの間でコミュニケーションツールとして使われている。

 紙の書籍の復権も、アナログならではの「モノ」としての実在感を人間が捨てきれないことがその根底にある。

 新しいものを取り入れることは大切だ。だが、古いものの中にも価値あるものはある。本当に価値のあるものは残っていく。

日経ビジネス2016年2月22日号 102ページより目次

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