PROFILE
ジャーナリスト。1956年生まれ。英エコノミスト誌の元編集長。東京支局長を経験した知日派。『なぜ国家は壊れるのか』(PHP研究所)ではイタリアと日本の類似性などを分析。ドキュメンタリー映画の製作も手掛ける。
(写真=永川 智子)

「原油価格下落の恩恵を受ける国、
受けない国を見極めることは重要だ 」

 アナリストや経済学者が経済成長を世界「全体」で語り始めたのは、ここ10年のことだ。1980年代は、G7と呼ばれる先進7カ国について議論すれば、それが世界経済を語ることに等しかった。90年代に入って、その範囲はやや広がったが、それでもせいぜい経済協力開発機構(OECD)に加盟する34カ国止まりだっただろう。

 しかし今日では、OECD加盟国だけではとても世界経済を語れなくなった。2000年代以降台頭した中国、インド、ブラジルといった国々が、実質的に世界経済の行方を左右するようになったのである。

 2016年は開始早々、これらの新興国が世界を揺さぶっている。株式市場、石油価格、世界経済の成長予測はいずれも大きく下がり、先進国にも混乱が波及している。

 当然、こうした変化に企業活動も無縁ではいられない。世界経済の流れを見極め、的確な判断を下す必要に迫られている。もっとも、経営者にとってマクロ経済の動向は、捉え方にコツが要る。「頭を熱いオーブンに入れ、足を氷風呂に浸した男の平均は“温度がちょうどいい”」という昔の統計学者の冗談ではないが、世界経済の全体像や平均像を漠然と捉えることにさほど意味はないからだ。経営の戦略に生かすためには、個別具体的な判断基準を持つ必要があるだろう。例えば、筆者は原油価格下落の勝ち組と負け組に着目している。

 2014年6月に1バレル110ドルだった原油価格は、2016年2月2日現在、同30ドル台で推移している。この恩恵を受ける国、逆に足を引っ張る国を分けて考えることは重要だ。恩恵を受ける国の筆頭は日本だ。石油輸入国の多くは、原油価格の下落によって経済活動が活性化するだろう。欧州連合(EU)加盟国、韓国、インドといった国々も、それに当てはまる。

 一方で、苦しいのは東南アジア、中南米、アフリカの産油国だ。サウジアラビアやロシアなども含まれる。原油以外の資源価格も低迷しており、資源国の経済は当面厳しい時代が続く。さらに、新興国の多くは多額の債務にも苦しんでいる。これらの国は、資源価格が高騰していた時代に、米ドル建ての国債などを発行していた。それだけ投資家の需要があったからだが、現在は米国の利上げに伴う為替レートの下落によって、金利負担が重くのしかかっている。アフリカのガーナのように、国際通貨基金(IMF)に支援を要請する国がこれから増える可能性がある。

 経済悪化は政治の混乱へと波及するおそれがある。新興国市場で経済危機が相次いだのは97年から98年だった。その後、インドネシアでは独裁者のスハルトが失脚し、国内情勢が混乱した。ロシアでは、債務不履行によって当時のボリス・エリツィン大統領の政権が崩壊、ウラジーミル・プーチン現大統領の台頭につながった。現在の資源安が引き起こした新興国経済の失速は、97~98年の状況と似ている。

 ただ1つ、分からないのは中国だ。中国は石油輸入国であり、エネルギー価格や商品価格の下落の恩恵を受けている。かつ企業の多くはドル建てではなく人民元建ての債務を負っているから、金利の影響は新興国ほど受けないはずだ。中国政府は経済を下支えする追加の財政刺激策を実施する手はあるし、金融部門の不良債権処理の余力もある。

 負け組の要素はないはずなのだが、経済はなぜか減速しており、世界経済を不安に陥れている最大の要因になっている。その意味で、この国の動向が、2016年も大きな関心を集めるのは間違いないだろう。

日経ビジネス2016年2月15日号 108ページより目次

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