イルカの追い込み漁で知られる和歌山県太地町が追い詰められつつある。水族館協会が生きたイルカの個体の捕獲も「残酷だ」と断じて、購入を禁じたからだ。太地町の三軒町長は「漁は合法だが、情報発信が不足していた」と反省する。

[和歌山県太地町長]三軒 一高氏[さんげん・かずたか]
1947年和歌山県生まれ。日本大学商学部卒業後、和歌山県太地町で真珠養殖業に従事する。70年三幸漁業生産組合長、77年太地町議会議員に初当選。以後、2004年まで連続7期務める。2004年太地町長に初当選。2012年町長に無投票で3選、現在に至る。

水族館のイルカ調達禁止の概要
今年5月20日、日本動物園水族館協会(JAZA)は、水族館など会員施設が和歌山県太地町の追い込み漁で捕獲したイルカの購入を禁じることを決めた。イルカの飼育、展示をしている太地町立「くじらの博物館」は、今後も追い込み漁のイルカを購入する意向を示したため、JAZAから退会を求められた。今年9月、くじらの博物館はこれに応じて、自ら申し入れる形で退会した。

 和歌山県太地町は紀伊半島南部に位置する人口約3400人の小さな町です。日本の古式捕鯨発祥の地として知られ、その歴史は400年に及びます。イルカなどの小型鯨類は「追い込み漁」と呼ぶ方法で捕獲してきました。近海のイルカを複数の漁船で文字通り町の湾内に追い込むものです。毎年9月に漁が始まり、現在最盛期を迎えています。

 町の漁業従事者は和歌山県の許可を受け、国立研究開発法人の水産総合研究センターによる科学的な調査に基づいて決められた頭数を捕獲してきました。こうした手続きを踏んで操業しているのですが、近年、「追い込み漁は残酷だ」という意見があり、漁の禁止を求める声も出てきました。

 そうした中、日本動物園水族館協会(JAZA)は今年5月、水族館などの会員施設が太地町の追い込み漁で捕獲したイルカの購入を禁じることを決めました。JAZAの決定に意見する立場にはありませんが、結果として国際世論に屈する形で、JAZAは苦渋の決断をすることになったと思います。

 JAZAには国内89の動物園と62の水族館が加盟しています。これらの施設には太地町で捕獲したイルカを販売できなくなりました。太地町にとってイルカ漁は重要な産業です。特に水族館向けの生きた個体は食用に比べて販売価格で10倍もの値がつきます。購入禁止の決定は、長期的にイルカ漁全体の売上高に悪影響を及ぼす可能性もあります。

 ですが、イルカの生体の捕獲では追い込み漁以外の有効な方法は見いだせていません。町民の生活を守るのが町長の役割です。イルカ漁に対する風当たりは強まるばかりですが、どんな圧力にも屈するつもりはありません。

反捕鯨団体の非難の的に

 追い込み漁を継続する立場から、町立の「くじらの博物館」ではこれまで通り、追い込み漁で捕獲した生体を展示、飼育します。イルカショーが見られたり、湾内で自然に近い形でイルカに触れ合えたりすることから家族連れを中心に人気を博してきました。くじらの博物館はJAZAの会員施設ですが、その決定に従うわけにはいきません。

 一方、追い込み漁を巡ってJAZAは上部国際組織である世界動物園水族館協会(WAZA)から一時、会員資格を停止されました。追い込み漁で捕獲した生体の購入を禁じたことで、停止処分が解除された経緯があります。ですから、当然の成り行きとしてJAZAからはくじらの博物館に対して退会を求められました。

 私たちは自ら退会するつもりはなかったのですが、JAZAとは良好な関係を続けてきましたし、現在、置かれている立場も理解しています。そこで今年9月、こちらから申し入れてくじらの博物館はJAZAを退会しました。この博物館は1969年の開館です。先輩たちの多大な尽力で運営してきましたので、今回の事態は非常に残念です。

 太地町の追い込み漁が世界的に注目され、「残酷だ」とシーシェパードなどの反捕鯨団体の標的になったのは2009年に米国で上映された「THE COVE(ザ・コーヴ=入り江)」によってでした。

 太地町のイルカの捕獲枠は日本全体のせいぜい1割。ほかの地域でも、沖合でイルカを突きん棒漁によって食用として捕獲しています。それなのに太地町の追い込み漁がターゲットになったのは、漁をしている過程が非常に分かりやすいからです。

 沖合から湾内にイルカを追い込んできて、最後に捕獲する。湾を見下ろす場所からはその一部始終が見えます。映画でもそうした風景が撮影されました。一方、沖合での突きん棒漁は漁船が分散しますし、移動しながらの漁ですから反捕鯨団体がイルカ漁を見ること自体が困難です。ですから、追い込み漁は反捕鯨団体の格好の餌食になったのだと思います。

 生体の場合は、生きたままイルカを傷つけずに捕獲するのですが、食用の漁と一緒くたにされ「残酷だ」とレッテルを張られています。

 もちろん、私たちにも反省すべき点はあります。まず漁の正当性について積極的に情報を発信してこなかったことです。「合法で何ら問題ない。あえて何も言う必要はない」と朴訥とした態度を貫いてきました。ですが、それでは国際社会を納得させることはできません。また、漁師は勇壮さを示すため伝統的に湾内で捕獲・解体をしてきました。しかし、これは時代には合っていません。解体現場は一般の人が見ればどんな人でも、残酷だとの印象を持つでしょう。

 2004年、町長就任直後に食肉処理場を作ろうとしました。ですが、漁師の反対に遭って実現しなかった。これが事態の悪化を招いたと思います。

 追い込み漁に対する非難が高まる中、WAZAはJAZAを通じて昨年8月、漁のやり方に改善を求めてきました。例えば生体と食用の捕獲を明確に分けるといったことです。

 従来は20頭捕獲したら、そのうち5頭を水族館用に、15頭を食用にするという具合でした。これを明確に分けるため、漁期が始まる9月は生体捕獲のみと、ルール化しました。20頭捕獲しても5頭だけ必要なら、15頭は食用にせず逃がしてしまいます。

<b>和歌山県太地町のイルカ漁は毎年9月に始まる。写真は湾内に追い込まれたハナゴンドウ。反捕鯨団体などからの非難の声が年々高まっている</b>(写真=朝日新聞社)
和歌山県太地町のイルカ漁は毎年9月に始まる。写真は湾内に追い込まれたハナゴンドウ。反捕鯨団体などからの非難の声が年々高まっている(写真=朝日新聞社)

イルカの学術研究都市目指す

 JAZAの要望にはできる限り対応してきましたが、結局追い込み漁自体を否定される形になりました。

 もともと太地町は農業に適した土地がなく、貧しい生活を強いられる中、イルカ漁や捕鯨に生活の糧を求めてきた歴史があります。今でも若者の多くが地元に残って漁師になっています。イルカ漁や捕鯨は太地町になくてはならない重要な産業なのです。

 太地町のイメージは落ちるところまで落ちました。ですから今後は前向きにピンチをチャンスに変えることを考えたいと思います。

 イルカを含む鯨類の学術研究都市を目指す計画です。さらには米国の専門家に依頼して、英語で世界に情報を発信していきます。一連の騒動で太地町の知名度は国際的に高まりました。鯨類に深く関わってきたこの町を今後も発展させていくつもりです。

日経ビジネス2015年11月16日号 106~107ページより目次

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