バイオ燃料の製造と普及を推進する国策を受けて、2007年に発足した。だが、原料であるテンサイの調達が困難になるなど、最初から厳しい船出に。国の補助金打ち切りで解散。元社長は甘さを認めつつ、悔しさをにじませる。

[北海道バイオエタノール元社長]飛田 稔章氏
1947年北海道生まれ。66年北海道立帯広農業高校卒業後、北海道幕別町で農業を営む。地元農業協同組合や関連会社の役員を歴任し、2005年北海道農業協同組合中央会(JA北海道中央会)副会長。2007年北海道バイオエタノール社長。2008年JA北海道中央会会長。

(写真=中 優樹)
北海道バイオエタノール清算の概要
2007年6月、北海道内の農業関連団体と企業が出資して、札幌市に設立。テンサイなどを原料としてバイオエタノールの製造を始めた。2012年度での自立運営を目指したが、製造コストの低減が進まず、農林水産省の補助金に依存し続けた。同省が2014年度で事業者向けの補助金を打ち切ることを決定。それに伴って、今年6月に解散を決議、北海道地裁に特別清算を申請した。

 北海道農業の新たな挑戦としてバイオエタノールの製造に取り組んできました。新産業を創出することで農家の所得を上げるだけでなく、日本のエネルギー対策と地球温暖化防止にも貢献できると考えていました。

 ですが、会社設立から8年。経営を巡る環境は一向に好転せず、自立運営の可能性を見いだすことができませんでした。農林水産省の補助金に頼りながら事業を継続してきましたが、その補助金も昨年度で打ち切られました。「もはや生産は継続できない」と判断し、今年6月24日の株主総会で会社の解散を決議しました。

 これまで年間約1万キロリットルのバイオエタノールを製造してきた実績がありながら、「やめる」選択をせざるを得なかった。非常に残念です。

 北海道バイオエタノールは2007年6月、北海道農業協同組合中央会(JA北海道中央会)など道内のJA関連団体、そして三菱商事などの企業が出資して発足。JA北海道中央会の副会長だった私が社長に就きました。

原料調達や販売で誤算相次ぐ

 道内のJA関連団体がバイオエタノールの製造に積極的に取り組んだ背景には、北海道の主産物であるテンサイ(根菜でサトウダイコンと呼ばれる)の生産余剰問題がありました。

 砂糖の原料となるテンサイは輸入品との内外価格差から、生産量に応じて生産者に交付金が支払われていました。ですが、国内需要と輸入量とのバランスなどを理由に2004年度から交付金支給の対象数量に上限が設定されました。産出した糖の量で70万4000トン。2004年の国内実績は78万6000トンでしたから、8万2000トンが交付金支給の対象外となりました。交付金がなければ赤字になりますから、農家にとっては大きな打撃です。

 そこで、交付金の対象外となる余剰テンサイの有効活用法として、バイオエタノールの製造に着目したのです。

 2007年当時は、原油の高騰や環境意識の高まりからバイオ燃料の製造は世界的なブームで、日本でも第1次安倍晋三政権がバイオマス・ニッポン総合戦略を推進しました。この動きを受けて北海道バイオを設立したのです。

 ただ、国産エタノールはブラジルなどの海外産に比べ製造コストが圧倒的に高い。ですから、補助金など国からの支援を受けることが前提でした。国のバイオ燃料地域利用モデル実証事業として採択され、工場建設費と製造経費について5年間の補助を受ける体制で、事業をスタートしました。北海道十勝地方の清水町に約60億円投じて工場を建設し、2009年からバイオエタノールの製造を始めました。

 当初は実証事業終了後の2012年度に、収益面で補助金に依存しない自立体制を確立する。そして2015年度に黒字化を想定していました。ですが、この目算は狂いました。

 最大の誤算は原料の調達に難儀したことです。主原料のテンサイは天候不順の影響などから生産量が減少しました。2009年度以降は交付金対象外の生産分がなくなり、調達できなくなりました。テンサイの余剰を前提とした事業モデルが崩れたのです。

 ほかの原料として食用以外の規格外小麦の調達を想定していました。ただし規格外小麦は飼料用にも使われるため、調達に苦労しました。結局、国からミニマムアクセス米(MA米)を仕入れて不足分を補いました。MA米は、国際協定に基づいて国が一定量を輸入しているものです。

 バイオエタノールで利益を出せる製造コストは、1リットル当たり118円以下と試算していました。ですが、自立を目指した2012年度の製造コストは204円と遠く及びませんでした。

 販売面でも問題がありました。バイオエタノールをガソリンの代替として使うには、「直接混合」と「ETBE」と呼ばれる2つの方法があります。私たちはガソリンに一定割合のバイオエタノールを加える直接混合を推進したかったのですが、販売先の石油連盟はバイオエタノールをいったん合成化学物質にしてからガソリンに混合するETBEを支持していました。

 直接混合は米国やブラジルで採用されている方法で、バイオエタノールを85%も混合した製品もありました。特殊な製造設備が不要で、道内でもすぐに製造ができました。

 一方、ETBEの製造設備は横浜市にあり、苫小牧港からバイオエタノールを輸送する必要がありました。ETBE方式では混合比率も直接混合ほど高められないと言われています。

 石油業界に対しては直接混合を認めてもらうよう強くお願いをしましたが、聞き入れてもらえませんでした。

<b>約60億円を投じて北海道清水町に建設したバイオエタノール工場。年間約1万キロリットルを生産してきたが、今年3月で稼働を終了した</b>
約60億円を投じて北海道清水町に建設したバイオエタノール工場。年間約1万キロリットルを生産してきたが、今年3月で稼働を終了した

エネルギー政策が暗転

 5年間の実証事業が終わり、2012年からの5年間は別の補助事業として認定されました。ところが昨年7月、農水省は事業期間の途中であるにもかかわらず、2015年度以降の補助金を打ち切ることを決定しました。自立は困難と判断されたのです。関係者とも協議をして支援継続をお願いしてきましたが、認められませんでした。

 様々な悪条件から目標が達成できなかったのは事実です。それでも製造を続けてきましたし、製造コストを削減する努力もしてきました。完全な自立は無理でも、継続していれば今後コストは下げられると考えていました。ところが、政府の後押しはむしろ年々弱まっていきました。補助金も希望通りに出してもらえず、工場もフル稼働できませんでした。

 もちろん私たちの事業見通しが甘かったことは認めます。2015年3月期決算では売上高8億400万円に対して損益は15億2800万円の赤字でした。農水省から支給された補助金の額は累計で約90億円に上ります。工場の転用も難しく、今年3月に稼働を終了したままです。JAグループ北海道の組合員をはじめ関係者の方々には多大なるご迷惑をおかけしました。

 ただ日本の未来を考えた時、農業問題とエネルギー問題をどう解決するのでしょうか。政府の強いリーダーシップで関係省庁を束ね、途中で諦めずにバイオ燃料戦略を遂行してほしかった。今でも残念でなりません。

日経ビジネス2015年8月31日号 116~117ページより目次

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