神奈川県の市として唯一、三浦市が「消滅可能性都市」に。近隣にあった大企業の相次ぐ工場撤退が人口流出に拍車をかけた。期待の大きかった大規模宅地開発と鉄道延伸計画も凍結に追い込まれた。

[三浦市長] 吉田英男氏
(写真=北山 宏一)
(写真=北山 宏一)
1956年、神奈川県生まれ。79年、国際商科大学(現東京国際大学)商学部卒業後、横浜銀行に入行。葉山支店長、県庁支店長などを歴任。2005年、同行を退職後、三浦市長選挙に出馬して当選。同年6月、市長に就任。2期8年を務め、2013年6月から3期目。現在に至る
宅地開発と鉄道延伸計画凍結の概要
京浜急行電鉄は今年3月、神奈川県三浦市で進めていた大規模宅地開発事業と鉄道延伸計画を凍結した。三浦半島における人口減少や地価下落が主な理由。三浦市では1994年の5万4339人をピークに人口減少が続き、今年6月1日時点で4万4887人にまで落ち込んだ。民間の有識者組織「日本創生会議」は「消滅可能性都市」に県内の市として唯一、三浦市を挙げた。

 今年3月、京浜急行電鉄は神奈川県三浦市内の三戸、小網代地区で進めていた大規模な宅地開発事業を凍結すると発表しました。同時に鉄道の延伸計画も凍結しました。

 今まで京急とは、優良な住宅地を形成する地域として一緒にこの計画に取り組んできました。もちろん、民間事業者の開発計画ですので、今回の決定について三浦市としてとやかく言う立場にはありません。

 ですが、62ヘクタールの広大な地区だけに三浦市にとっても大変、重要です。凍結決定が及ぼす影響はやはり気になります。

京浜急行電鉄が三浦市の三戸、小網代地区で進めていた宅地開発事業。62ヘクタールに2000戸の建設を予定していたが今年3月、計画の凍結を決めた(写真=北山 宏一)
京浜急行電鉄が三浦市の三戸、小網代地区で進めていた宅地開発事業。62ヘクタールに2000戸の建設を予定していたが今年3月、計画の凍結を決めた(写真=北山 宏一)

 京急からは事前にきちんとお話を頂きましたので、急にニュースが飛び出した、ということではありません。事業としていろいろな課題があるとの説明も受けました。

 2000戸の住宅が計画され、鉄道が通ることは当然、三浦市としても大きな期待を寄せていました。

 ですが、日本全体が人口減少時代に突入し、三浦市でも人が減り続けています。

 やむを得ない選択であることは十分、理解しています。今後は、計画凍結がマイナスイメージにならないよう、むしろプラスに転化するよう、新たな土地の活用法を共に話していきたい。

 今までのような規模は無理でもマンションや商業施設など、新たな住宅地としての開発を検討してもらいたいと願っています。

人口減少で宅地造成が頓挫

京急久里浜線の終着駅「三崎口」。ここから油壺方面への鉄道延伸計画も凍結した(写真=北山 宏一)
京急久里浜線の終着駅「三崎口」。ここから油壺方面への鉄道延伸計画も凍結した(写真=北山 宏一)

 京急久里浜線の終点である三崎口から油壺までの鉄道の延伸は、その途中に位置するこの宅地開発を前提にした計画でした。そのため、延伸計画も白紙状態になってしまいました。

 一連のプロジェクトは40年以上前に計画されたものです。200ヘクタールの広大な土地をどう活用するかで紆余曲折がありました。

 当初は敷地の一部にゴルフ場を造る計画がありました。ですが、神奈川県が1970年代に新規のゴルフ場の開発を認めない方針を出したため、話が進みませんでした。

 その後、三浦市など県内一部のゴルフ場について、計画を例外的に認める方針が出されました。しかし、開発には厳しい条件がついていました。

 結局、事業採算性がないとゴルフ場の計画は断念せざるを得ませんでした。

 最終的にこの200ヘクタールの地区は森林保全、農地造成、宅地造成をする3つの整備地区に分けました。そして、鉄道の延伸と幹線道路の整備を合わせて5つのプロジェクトを並行して進めることを決定。農地造成は既に終わり、森林は「小網代の森」として2014年から一般に開放しています。

 それぞれの計画は順調に進んできましたが、全体的に見るとスピード感がなく時間がかかってしまった。

 その間、人口の減少が起きてしまい、宅地造成については事業の採算性の面で計画とずれが生じてきたことも事実です。実際、京急側では大規模住宅開発に対する投資効果があるのか検証した結果、最終的に計画の凍結の判断をしたようです。

 市としても、宅地開発や鉄道延伸といった従来のやり方ではなく、新たな手法で人を呼び込まなくてはいけない時代に入ったと、痛感しています。

雇用創出の即効薬はない

 ただでさえ、三浦市は1994年をピークに人口が減っています。民間の有識者組織「日本創生会議」は「消滅可能性都市」に神奈川県の市として唯一、三浦市を挙げています。

 その大きな要因は隣接する横須賀市を含む京浜工業地帯にある工場の撤退、リストラなどによる規模縮小があります。2000年に関東自動車工業の深浦工場が、2002年には日産自動車の久里浜工場が閉鎖しました。どちらも横須賀市にあり、三浦市の人口減少にも影響を及ぼしたと分析しています。

 また、以前は東京都心からの通勤圏と考えられていましたが、場所によっては片道2時間の通勤になります。通えないことはないのですが、最近は通勤に時間をかけたくない人が増えているように思います。新たに若い世代を呼び込もうにも、通勤圏としてはやや遠いことがネックになっています。

 三浦市から転居した住民アンケートを見ても、やはり仕事の都合や、通勤が遠いことが理由になることが多い。この20年で人口は1万人近くが減り、4万5000人を割り込んでしまいました。雇用を生み、若い世代を呼び込むことが喫緊の課題です。

 新たに取り組んでいるのは観光産業の育成です。森林や海岸などを活用したアウトドアもありますが、三浦市が強みを持っている水産業や農業に関連したグルメ観光により着目しています。ホテルなどの宿泊施設ができ、グルメ関連の食品工場、販売店、飲食店ができれば新たな雇用が生まれます。

 さらには空き家を活用して、試しに2週間程度、三浦市に実際に住んでみるトライアルステイを始めました。2回目の昨年は21組が参加しました。

 人口減少を食い止める即効薬はありません。身の丈に合ったこうした地道な取り組みを進めていく所存です。

日経ビジネス2016年7月4日号 78~79ページより目次

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