未来に向けた素材事業の改革こそが私の役目だと自任して、2008年6月に社長に就きましたが、すぐにリーマンショックに見舞われました。「100年に一度」の危機と言われる中で、私の務めは急坂を雨の中で上ることなのだと覚悟しました。