手打診療所に赴任したのは1978年、37歳のときです。国立病院を辞めて開業するまで半年だけ働くつもりで本土から来ました。そのまま島を離れなかったのは、私の優柔不断さもありますが、へき地医療はやり出したら面白いんですよ。医者になってよかった、島に来てよかった。そんな場面を何度も経験しました。