「本当に自分が合併を進めていいものか、正直悩んでいる」──。東京・赤坂のそば屋の座敷で、当時三井化学の会長だった幸田重教さんにこう打ち明けられました。早いもので幸田さんがお亡くなりになられて1年がたちました。

 そば屋で熱燗を傾けたのも1999年の今ごろの季節だったと思います。「日本の化学が世界と闘うには住友化学との合併が必要だ」と主張する私に幸田さんは「その通りだ」と応えたものの、葛藤していると続けました。