ソニーが2016年に発売した「アロマスティック」。口紅ほどの大きさの本体に交換式のカートリッジを入れ、ボタンをワンプッシュすればいつでも気に入った香りを楽しむことができるという商品だ。ソニーの伝説的な商品にちなみ「香りのウォークマン」との異名も取る。「ソニー×アロマ」という異色の組み合わせはどうして生まれたのか。開発者で新規事業創出部の藤田修二・統括課長にその背景を聞いた。

<span class="fontBold">アロマスティックを開発した藤田修二氏</span>(写真:北山 宏一、以下同じ)
アロマスティックを開発した藤田修二氏(写真:北山 宏一、以下同じ)

どういう経緯で「香り」に着目したのでしょうか。

藤田修二氏(以下、藤田):人間の嗅覚が持っているポテンシャルは、実は非常に高いんです。直近の研究でも、動物よりも遥かに劣るとされてきた人間の嗅覚が実は優れていたという説が出ています。この香りに関わる部分を、よりエンターテイメントとして昇華していきたいと考えています。

 テレビやVR(仮想現実)とかにも、将来的に応用できる可能性があると思います。アロマスティックは瞬間的に香りを切り替えることができるので、例えばシーンに合わせて香りを変えていくことができます。

 僕らが担っているのは、香りという物質的なシグナルの研究で、これをやっているところはほとんどないと思います。それを社会に取り込んでいく役割を担っていきたい。どういった分子がどんな香り方をするか、を予測できるようになったりしていますし、技術発展と共に想像できないモノが出てくる世界になるのでは、と期待しています。アロマスティックで培った技術については、新しいイノベーションのための基礎研究という意味合いもありますね。

「とにかく早く、世に出したい」

理学博士で研究職一筋だっただけに、事業を立ち上げて販売にこぎつけるまでにはさまざまな苦労があったのでは。

藤田:事業計画を作るところから経験がありませんでした。社内応募の締め切りに気付いてなくて、ぎりぎりで申し込みましたが、その時点では最終製品の形は見えていませんでした。当時は「香りピン」と呼んでいて、例えばイヤホンのコードにクリップで付ける形式を想定していました。ただ、「これでいこう」と決めていたわけではなく、パーソナルでポータブル、色々な香りが手間なく楽しめる、という点がこだわったところです。2015年1月に社内で応募して、同年6月に元いた部署を離れて仕事を始め、2016年10月の商品発売まで1年半弱でしたね。とにかくスピードを最優先にしました。早く世に出して、利用者の声を聞きたかったからです。

<span class="fontBold">使用するときは、鼻に近づけてボタンを押す</span>
使用するときは、鼻に近づけてボタンを押す

 製品を街中の人のところに持って行って、感想を聞くという作業を繰り返していました。ソニーの名前を伏せたままで、会場を借りたり、ゲリラ的にやったり。道行く人に声をかけるとか、それまでの人生でやったことありませんので、ハードルが高かったです。僕は細々と生きてきて、そんなに社交的なわけでもないので(笑)。アロマ検定の受験者にアンケートしようと考えて会場に行ったんですが、当たり前なんですけど、声をかけると想像以上に無視されました。1人に無視されると、すぐに次の人に行けないんですね。2~3人やり過ごして、自分の気持ちの回復を待ってから再開したり(笑)。

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