文化の香りがする豊かな生活が手に入る──。大衆に夢を見させた。バブル崩壊で詩人経営者は糾弾されたが、その精神は今も生きている。セゾン文化は「お坊ちゃん育ち」の屈折した心情とも表裏一体だった。

堤清二(つつみ・せいじ)
(写真=村田 和聡)
1927(昭和2)年、東京都出身。東京大学卒業後、父親で衆議院議長だった堤康次郎の政治秘書を経験。54年に西武百貨店入社、66年に同社社長。父が築いた西武鉄道グループから独立した西武流通グループ(セゾングループ)を育て上げた。91年グループ代表を辞任。経営者時代から、辻井喬のペンネームで詩集、小説などを多数執筆。2013年に86歳で死去。

 「僕は靴を脱いでいすの上にしゃがみ込んで、たばこを吸いながら、堤さんとやり取りしていたんですって。会長室で、お猿みたいな恰好で。打ち合わせに同席した助手があとで教えてくれたのです。伸び伸びしすぎるような僕をよく大目に見てくれたと思います」

 糸井重里がコピーライターとして西武関連の仕事を始めたのは30歳くらい。1979年、北海道・旭川に開業した商業施設に関するコマーシャルソングを任されたのがきっかけだ。糸井が作詞して、シンガーソングライターの矢野顕子が曲を作って歌うものだった。