百貨店が君臨していた東京に「異端」として誕生したパルコ。セゾン文化の拠点として輝いたが、後に買収の標的となり流転する。堤は行く末を案じて、晩年も水面下で動いていた。

堤清二(つつみ・せいじ)
(写真=村田 和聡)
1927(昭和2)年、東京都出身。東京大学卒業後、父親で衆議院議長だった堤康次郎の政治秘書を経験。54年に西武百貨店入社、66年に同社社長。父が築いた西武鉄道グループから独立した西武流通グループ(セゾングループ)を育て上げた。91年グループ代表を辞任。経営者時代から、辻井喬のペンネームで詩集、小説などを多数執筆。2013年に86歳で死去。

 「1973年に渋谷に開業して以来、東京23区内に出店するのは44年ぶりです」
 パルコ社長、牧山浩三は今年9月、施設説明の記者会見で、こう意気込んだ。11月4日にパルコが新店を開業したのは、東京・上野。2012年から親会社となったJ.フロントリテイリングが運営する松坂屋上野店に併設する。下町の雰囲気を感じさせる「パルコヤ」という新たな屋号をつけ、30~50代の大人の顧客を狙うという。

 だが上野よりも数段格上の商業地に出店する計画があったことが、取材で明らかになった。幻の「銀座パルコ」構想──。今から10年以上前、00年代の半ばに進められていた。