無印良品を生んだ堤との距離のとり方に、歴代の経営者は腐心してきた。関係者の証言から、堤が掲げる理想と現実の摩擦が浮かび上がる。だが、栄枯盛衰を体現した事業家として晩年、社員に深い言葉を残した。

堤清二(つつみ・せいじ)
(写真=村田 和聡)
(写真=村田 和聡)
1927(昭和2)年、東京都出身。東京大学卒業後、父親で衆議院議長だった堤康次郎の政治秘書を経験。54年に西武百貨店入社、66年に同社社長。父が築いた西武鉄道グループから独立した西武流通グループ(セゾングループ)を育て上げた。91年グループ代表を辞任。経営者時代から、辻井喬のペンネームで詩集、小説などを多数執筆。2013年に86歳で死去。

 堤清二の遺品の中に、ある社内資料が大切に保管されていた。

 日付は1995年2月21日。「無印良品家電開発」というタイトルがついている。「無印家電」スタート時の8品目を説明する良品計画の文書だ。

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