2013年に他界したセゾングループ創業者、堤清二。11月25日に命日を迎える。200社で売上高4兆円を誇ったグループはバブルの処理で解体された。光と影が交錯する86年の人生は決して成功物語ではない。だが、しぶとく生き残った各社には、堤の執念が刻まれている。異色の事業家は、どんな未来を見て、何を見誤ったのか。多様な事業の軌跡と、関係者の証言から、その実像を浮かび上がらせる。まずは、いまも色あせない「無印良品」から、連載を始める。

堤清二(つつみ・せいじ)
(写真=村田 和聡)
1927(昭和2)年、東京都出身。東京大学卒業後、父親で衆議院議長だった堤康次郎の政治秘書を経験。54年に西武百貨店入社、66年に同社社長。父が築いた西武鉄道グループから独立した西武流通グループ(セゾングループ)を育て上げた。91年グループ代表を辞任。経営者時代から、辻井喬のペンネームで詩集、小説などを多数執筆。2013年に86歳で死去。
無印良品ロンドン1号店の開業後、堤は視察に訪れた(右)。中国をはじめ現在、海外店舗は400店を超えた(左)(写真=左:Imaginechina/時事通信フォト)

 1991年、ロンドン市内に進出したばかりの「MUJI」の店舗を視察した堤清二は表情を曇らせ、こう話した。

 「ブランドを否定して生まれた無印良品が、結局ブランドになってしまっているな」