(写真=村田 和聡)
日野原重明(ひのはらしげあき)氏
1911年 山口市に生まれる
1937年 京都帝国大学医学部卒業。同大学病院で研修
1941年 聖路加国際病院で内科医になる
1951年 聖路加国際病院内科医長。米エモリー大学に留学
1952年 聖路加国際病院院長補佐
1970年 「よど号ハイジャック事件」に遭遇
1973年 「ライフ・プランニング・センター」設立、理事長に就任
1974年 聖路加看護大学学長
1992年 聖路加国際病院院長
1996年 聖路加国際病院名誉院長
2000年 「新老人の会」設立

 104歳になっても全国を飛び回る日野原重明氏は、いったいどんな生活を送っているのか。東京・世田谷の自宅を訪ね、その暮らしぶりをのぞいてみよう。

 日野原氏の朝は慌ただしい。「新老人の会」の講演会で飛行機に乗って遠方に出張するときは午前6時前に起き、オリーブオイルを垂らしたジュースを飲んで、迎えの車に飛び乗る。現地に入るとすぐに講演。お昼を抜くこともしばしばだ。食べる時間があっても胚芽クッキーや牛乳で簡単に済ませてしまう。

 「集中して仕事をしていると、おなかがすかない。3度3度きちんと食べなさいという人もいるが、結局はその人次第ですよ」

 夜は肉や魚を中心に比較的しっかり食べる。特に肉は好物で、週に2回は肉料理を選ぶ。それでも1日の摂取カロリーは1300キロカロリー程度だと言う。

 「肉は脂身の少ないところ。野菜も好きで、ブロッコリーなんかはよく食べる。特に何かを制限しているわけではないが、若い人と違って代謝が少ないから、このくらいでちょうどいい」

 食べたいときに食べたいものを適量だけ食べる。食生活はあくまで自然体。睡眠もまた自然体である。ベッドに入るのは毎晩、午後11時ごろだが、起きる時間は午前6時だったり、正午だったり。

 「あくまでも仕事中心。仕事があれば早く起きるし、なければ寝ている。不規則が習慣になっているから、へいちゃらだ」

 医師として患者には「早寝早起き」を勧める日野原氏だが、自分は仕事の繁閑に合わせて夜更かしもするし、朝寝坊もする。睡眠時間が足りなくても、昼寝をすることはない。仕事をしていると眠気が吹き飛ぶからだ。

 驚くべきはその集中力である。妻の静子さんが亡くなってから日野原氏の身の回りの世話をしている二男の妻の日野原眞紀さんによると、日野原氏は「家に帰って1分後には原稿を書き始める」という。

 「蚕が糸をつむぐように、私はペンを握ると文章をつむぐのです」

 原稿を書くときに欠かせないのが、二十数年前に妻の静子さんと訪れたスコットランドで見つけた「ラップデスク」である。縁取りのある画板の裏にクッションをつけたもので、膝に乗せると、そこが書斎になる。

 「日本でも数寄屋橋のソニープラザ(現プラザ)に行くと売っています。クルマに乗っても、新幹線に乗っても、飛行機でも、かばんからこれを出せばどこでも原稿が書ける。聖路加国際病院にもいくつか置いてありますよ」

 このラップデスクの上に「日野原重明」の名前が入った特別あつらえの原稿用紙を載せ、さらさらとペンを走らせる。自宅の別館2階には立派な書斎があるが、そこは現在「オフィス日野原」のスタッフが使っており、日野原氏自身はもっぱらリビングのソファに身を任せ、膝の上で原稿を書く。

日野原重明氏は自宅にいる時でも考えることをやめない(写真=村田 和聡)

 家族やスタッフが家事をしていたり、おしゃべりをしていたりしても集中力は全く途切れず、黙々と書き続ける。スタッフの一人は「静かな場所より、みんながいる場所の方が、筆が進むようです」という。

 日野原氏にとっては乗り物の中も格好の書斎である。飛行機の国際線で周りが寝静まっても手元のランプをつけて原稿を書き続け、客室乗務員が驚くこともしばしばだという。

 「窓の外の景色を眺めたり、周りの人の話を聞いたりしながら、僕はいつも考えている。考えるヒントはいたるところにある」

 いつも頭が回転しているから、ペンを握った途端に、おのずと文章が湧き上がってくる。日野原氏が100歳を過ぎてから俳句や乗馬そしてフェイスブックを始めたのも、新しい刺激によって自らを活性化するためだ。104歳の誕生日に合わせて出版した初めての句集『10月4日 104歳に 104句』(ブックマン社)の中に、こんな句がある。

百三歳 馬に跨(またが)る 我が勇気

 このみずみずしい精神こそが、日野原氏の若さの源泉である。

 寸暇を惜しんで仕事をする日野原氏の暮らしぶりに影響を与えた本がある。英国の小説家、アーノルド・ベネットが書いた『24時間をどう生きるか(邦題『自分の時間』)』である。

 ベネットは「時間がない」と嘆く人々に「どんなに忙しくても、1日に90分、好きなことをする時間を作れば、人生が有意義になる」と説いている。日野原氏の生き方はベネットの教えをそのまま実践しているようにも見える。

 だが精神的にどんなに若くても、生物的な老化は容赦なく進んでいく。2014年5月には聖路加国際病院の超音波検査で、心臓に大動脈弁狭窄症が見つかった。

 「通常なら手術で動脈を広げるのですが、米国で医者をしている三男に『パパの歳で手術は無理だよ』と言われました。その代わり、心臓に負担をかけぬよう、車椅子に乗ることを勧められました」

 それまで、ステッキをついてさっそうと歩いていた日野原氏は、この日を境に車椅子が手放せなくなった。最初は車椅子に乗っている姿を見られるのが嫌で、人ごみに出るときは、人目を避けるようになったという。

 だが、しばらくすると、車椅子で飛行機や新幹線に乗って飛び歩く、自分の姿がだんだん好きになってきた。

車椅子で 空飛ぶ我の 意気盛ん

 この切り替えの早さ、ポジティブシンキングが日野原氏の真骨頂である。

 日野原氏の精神のしなやかさを支えている2つの要素が音楽と信仰だ。音楽との出合いは小学校4年生のとき。急性腎臓炎で休学しているとき、母の勧めで米国人宣教師の妻からピアノを教わった。

 「ピアノの先生には『医者より音楽家に向いている。いい先生を紹介するから米国に行きなさい』と勧められました。私も一時は音楽家になりたいと思ったのですが、両親に反対され、結局、医者になりました」

 しかしその後も日野原氏にとって音楽は人生の友であり続け、今も作詞、作曲を続けている。2015年には全国学校音楽コンクール小学生の部の課題曲「地球を包む歌声」の作詞を担当した。絵本『葉っぱのフレディ~いのちの旅』のミュージカル化で企画・原案を担当したこともある。オーケストラを指揮することもあり、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など有名な曲なら「楽譜なしでも指揮棒を振れる」という。自分が死ぬときには、枕もとでフォーレの「レクイエム」をかけるよう、家族に頼んである。

 もう一つの支えである信仰は、牧師の家庭に育った日野原氏にとっては、空気のようなものだった。10歳のときに洗礼を受け、いまも聖路加国際病院のチャペルや自宅近隣の教会でミサに参加する。

今週の言葉
「それゆえに人間から生きがいを、うばうほど残酷なことはなく、人間に生きがいを与えるほど大きな愛はない」
神谷 美恵子

 「聖書は折に触れ読みますが、一番好きなのはコリントの信徒への手紙13章の13節。『信仰と望みと愛はいつまでも残る。そのうち最も大きなものは愛である』という一節です」

 そう言って開いた聖書は、あちこちに書き込みがあり、線が引かれ、付箋が貼り付けられていた。

 「2020年の東京オリンピックのとき、私は109歳なわけですが、いまからその準備を…」

 最近の講演で日野原氏がよく使う、得意のフレーズである。その度に会場は笑いに包まれるが、本人はいたって真面目である。スタッフによると3年先まで講演のスケジュールは埋まっているという。

 「(『生きがいについて』などの著書で知られる精神科医の)神谷美恵子さんは『やりたいことと、やるべきことが一致している人は幸せだ』と言っています。私は幸せな人間ですから、疲れたなどと言っている暇はないのです」

私には 余生などないよ これからぞ

今週の一冊
『自分の時間~1日24時間でどう生きるか~』
アーノルド・ベネット(渡部昇一訳・解説、三笠書房)
(写真=スタジオキャスパー)

 104歳にして毎年新著を出し、全国を飛び回る日野原重明氏。誰もが「日野原氏のように長生きしたい」と思うのは自然なことだろう。だが日野原氏自身はこう言う。

 「人間にとって最も大切なのは、命の長さだと思っている人は多い。しかし私が出会った人を振り返ってみて、その人の命が素晴らしい命だと思える人においては、ごく少数の例外はあるにせよ、命の長さはあまり問題ではない」

 重要なのは「いかにして、命を使ったか、すなわち人生の質である」と日野原氏は言う。その考え方の土台になったのが本書である。

 著者のアーノルド・ベネットは長編『二人の女の物語』などで知られ、20世紀英国最大の小説家とも言われる文豪だ。

 ベネットは原稿のすべてが手書きだった時代に大量の小説や文学論評を書き、日記や手紙も膨大に残した。1日24時間を極めて効率よく使い続けた偉人である。本書の中でベネットはこう言っている。

 「朝目覚める。すると、不思議なことに、あなたの財布にはまっさらな24時間がぎっしりと詰まっているのだ。そして、それがすべてあなたのものなのだ。これこそ最も貴重な財産である」

 多くの人は「もっと時間があれば」とぼやきながら、その貴重な財産を浪費している。そこでベネットが勧めるのは、「いまより1時間早く起きること」や「週に3日、通勤や就寝前の90分間を『こころをたがやす時間に使う』こと」である。

 一見、簡単そうだが、倦(う)まず弛(たゆ)まず続けるのは至難の業。日野原氏が輝き続けているのは、104歳になったいまもなお、その努力を続けているからにほかならない。

日野原重明先生の生き方教室

日野原重明先生の書籍を紹介します。

100歳を越えても挑戦し続ける力はどこから来るのか?

これからの人生を朗らかに生き、働くためのバイブルです。生き方に迷う定年前後のビジネスパーソンだけでなく、ますます元気にこれからの人生を楽しみたいという方々にも、おすすめします。

≪主な内容≫
【 序章 】 人間 日野原重明
【第1章】 「シニア」は75歳から、74歳は「ジュニア」です
【第2章】 「よど号事件」で生き方が変わりました
【第3章】 日本の憲法と聖書には同じ精神が流れています
【第4章】 健康な人がどう老いていくか この問題が重要になると考えました
【第5章】 疲れたなどと言っている暇はないのです
【 対談 】 日野原重明先生×稲盛和夫さん 「医を仁術に終わらせてはならない」



聞き手=大西 康之

日経ビジネス2015年12月14日号 68~71ページより目次