(写真=村田 和聡)
日野原重明(ひのはらしげあき)氏
1911年 山口市に生まれる
1937年 京都帝国大学医学部卒業。同大学病院で研修
1941年 聖路加国際病院で内科医になる
1951年 聖路加国際病院内科医長。米エモリー大学に留学
1952年 聖路加国際病院院長補佐
1970年 「よど号ハイジャック事件」に遭遇
1973年 「ライフ・プランニング・センター」設立、理事長に就任
1974年 聖路加看護大学学長
1992年 聖路加国際病院院長
1996年 聖路加国際病院名誉院長
2000年 「新老人の会」設立

 「私は疲労というものを感じたことがないのです」

 104歳の現役医師、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏は、今日も元気に講演のために全国を飛び回っている。

 著書は130冊を超え、今年も『いのちと平和の話をしよう』(朝日新聞出版)、『死をどう生きたか─私の心に残る人びと』(中公文庫)、『戦争といのちと聖路加国際病院ものがたり』(小学館)など数々の本を出した。

 原稿の締め切りが迫っている時には、明け方まで執筆を続け、2~3時間の睡眠で家を飛び出すこともある。そんな日の朝食はクッキー2枚とコップ1杯の牛乳だけだ。

 「この歳ですから、そりゃあ肉体的な疲労はありますよ。でも一晩寝ると、朝はすっきりして、『さあ、今日もやるぞー!』とフレッシュな気持ちで目覚めるわけです。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」

 日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。

 日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。

 この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。

 「90歳になったとき『新しいことを創(はじ)めたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」

 「新老人の会」の「シニア会員」になれるのは75歳以上。60~74歳は「ジュニア会員」、60歳未満は「サポート会員」である。日野原氏の発案だ。

 60~74歳を「ジュニア」と呼ぶことに若干の違和感があるが、女性会員などに話を聞くと「私は、まだジュニア会員ですから」とうれしそうに話す。社会的には「高齢者」と呼ばれる人々が、ここでは「ジュニア」。そう位置付けられるだけで、人の心持ちは変わる。

 いつも注意深く患者の声に耳を傾け、患者との対話から治療を始める日野原氏は、言葉の効用をよく知っている。

 「政府は75歳以上のお年寄りを後期高齢者などと呼びますがね、あれはダメです。老人という言葉には『人生経験を重ねた思慮深い人』という畏敬の念が入っている。中国語で立派な人を『大人(ダーレン)』と呼ぶでしょう。あれに近いニュアンスですね」

 「一方で、高齢者という言葉には『物理的に年を取った人』という意味しかない。おまけに『後期』などと線引きをする。あれはお役人の発想ですよ。そう呼ばれた人たちがどう感じるか、人の気持ちを考えていない」

 「私は、75歳以上のお年寄りを『新老人』と呼びたい。世界のどこよりも早く超高齢化社会に入った日本の75歳以上は、国民の寿命が延びたことによって生まれた新しい階層だからです。新老人たちが生き生きと活躍する社会を作ること。それこそが私に与えられたミッションだと考えています」

 「後期高齢者」を「新老人」と呼び換える。「たったそれだけのことで何が変わるのか」と思われる方が多いかもしれない。しかし言葉には人々の考え方を変える力がある。日野原氏はかつて、言葉による日本人の意識改革に成功している。

 「昔は糖尿病や心疾患、脳血管疾患のことを『成人病』と呼びましたね。そう呼ぶと患者さんたちが『成人になったのだから、成人病にかかるのは仕方ない』と思ってしまう」

 「しかし、こうした病気は食生活や日頃の運動によって予防できるし、治癒もできる。生活習慣が原因なら、それを改めればよいのです。『成人病』を『生活習慣病』と呼び換えるだけで、人々の意識は変わるのです。だから公的な文書でもそう呼び換えるよう、政府に働きかけました」

(写真=村田 和聡)

 厚生省(現厚生労働省)は1980年頃から糖尿病などを「成人病」と表記してきたが、日野原氏らの提言を受け入れる形で90年代後半から「生活習慣病」に呼び変えた。

 生活習慣病という言葉は日本人の間に広く定着。それを予防するために多くの人が自分の体重や血圧を気にかけ、適度な運動を始めたり、食生活を改善したりし始めた。

 話を「新老人の会」に戻そう。現在、同会の会員数は1万2000人。全国45カ所に支部があり、ブラジル、台湾などにも拠点がある。会員数2万5000人を目指す日野原氏は、毎月のように各支部を回り、加入を呼びかけている。

 「この運動を国民的な運動にしたいのです。老人はリタイアすればいい、という今の考え方では日本は行き詰まってしまう」

 「老人には生き生きと生きる権利と、自分たちにできることをやる使命があります。周りから、何かをしてもらうだけでなく、自ら行動するのです。社会もそうした老人たちを温かい心で包み、交わりの中に迎え入れなくてはなりません。新老人運動はそのための運動なのです」

 新老人の会のモットーは「愛し愛されること」「創めること」「耐えること」の3つ。老人が生きがいを感じるためには、中でも「創めること」が「一番大事だ」と日野原氏は言う。

 「私は先日、103歳で初めて馬に乗りました。あぶみを踏んで辺りを見回すと、天下を取った気分になりました。今年の10月4日、104歳の誕生日には104つの俳句を収めた初めての句集(『10月4日 104歳に104句』)を出版しましたが、俳句を創めたのは100歳の時です。わざわざ講演会に来てもらわなくても、私の話が聞けるようにフェイスブックも創めました」

 フェイスブックを使うためにはパソコンやスマートフォンが必要で、お年寄りにはハードルが高いが、日野原氏は101歳のときに『日野原重明の「わくわくフェイスブックのすすめ」』という本を書いた。講演ではパワーポイントを使いこなす。自らIT(情報技術)に挑戦する姿勢を示すことで、新老人たちにも挑戦を促しているのだ。

 「今までやったことのないことをする。会ったことのない人に会う。これが若さを保つ一番の秘訣です。104歳の私が日々、挑戦しているのだから、70歳や80歳の人たちが尻込みするのはおかしいですね。新老人の会の会員も日々、新しいことを創めていますよ」

今週の言葉
「新しく始めるということを忘れてしまわないならば、老年というのは一つのすばらしい事柄である」
マルティン・ブーバー

 2014年、日本人の平均寿命は男性80.5歳、女性が86.8歳。世界に冠たる長寿国である。60年前に男性50歳、女性が56歳だったことを考えれば、一人ひとりの持ち時間は30年も増えたことになる。物質的な豊かさと医療の進歩がもたらした恩恵である。

 だが、それを素直に喜べない現実もある。日本の医療費は2014年度に40兆円を突破。高齢者の医療費増大が主な原因だ。借金漬けの日本の財政は、増え続ける医療費に押しつぶされそうだ。所得の再分配もうまくいっていない。若年層に支援の手が回らず、子育てどころか結婚すらできない若者が増えている。

 「若い人たちが『おじいちゃん、おばあちゃん、長生きしてね』と素直に言えない国は悲しいですね。若い人たちが直面している状況も大変に厳しく、長寿を心から寿(ことほ)げない現実があります。しかし老人を廃車のように扱う国を先進国と呼ぶことはできません」

 「一方で老人も、若い人たちに面倒をみてもらうばかりでなく、自ら生きがいを見いだす努力をしなければなりません。私は若い人たちと手を携えて、前に進みたい。私にはミッションがありますから、疲れている暇などないのです。前進、前進、前進です」

 日野原重明氏、104歳。車イスでさっそうと全国を飛び回り、新老人が生き生きと暮らす「新しい日本」を創ろうとしている。

 その生きざまは現役医師にとどまらず、社会科学者であり思想家であり、哲学者でもある。104年の経験に裏打ちされた言葉は、物質的な豊かさや経済成長を追い求めるだけでは解決できない現代社会の諸問題に、一筋の光を投げかける。

今週の一冊
『我と汝・対話』
マルティン・ブーバー著、植田重雄訳、岩波書店
(写真=スタジオキャスパー)

 マルティン・ブーバーはオーストリアのウィーンで生まれたユダヤ人の宗教哲学者。イスラエル国家の建設に関与し、アラブとの和解に尽くした平和運動家でもある。その活動は哲学、宗教にとどまらず、政治、教育、芸術、医療など多岐にわたる。

 ブーバーの最高傑作とされるのが1923年に出版された『我と汝・対話』である。他者を打算に基づく取引関係だけで見る「我とそれ」の関係は、他者をモノと見なすことになり、真の対話は成り立たない。

 「私はその人の髪の色とか、話し方、人柄などを取り出すことができるし、常にそうせざるを得ない。しかし、その人はもはや『汝』ではなくなってしまう」

 相手を生命と見なし「汝」として共感的に交わろうとしなければ、人は孤独から解放されない。これがブーバーの言う「我と汝」の関係である。日野原氏はブーバー研究家の斉藤啓一氏が書いた『ブーバーに学ぶ』に寄せた推薦文の中でこう語っている。

 「私は、半世紀前に関西学院の心理学教授・今田恵先生を通して知ったブーバーの晩年の哲学書『かくれた神』を読んで、老いの問題について哲学的探求心をそそられたが、医学教育やホスピス運動の啓蒙に携わるようになってからは、ブーバーの『対話の哲学』こそが人間の病や死の問題を取り扱う基盤となることに気づき、これらの本は私の座右の書となった」

 「いまや恨みを恨みで報いる連鎖反応として始まった戦争の世紀にあって、ブーバーのメッセージは苦悩する近代人の目に明るい希望をもたせるものになるのではないかと思う」

日野原重明先生の生き方教室

日野原重明先生の書籍を紹介します。

100歳を越えても挑戦し続ける力はどこから来るのか?

これからの人生を朗らかに生き、働くためのバイブルです。生き方に迷う定年前後のビジネスパーソンだけでなく、ますます元気にこれからの人生を楽しみたいという方々にも、おすすめします。

≪主な内容≫
【 序章 】 人間 日野原重明
【第1章】 「シニア」は75歳から、74歳は「ジュニア」です
【第2章】 「よど号事件」で生き方が変わりました
【第3章】 日本の憲法と聖書には同じ精神が流れています
【第4章】 健康な人がどう老いていくか この問題が重要になると考えました
【第5章】 疲れたなどと言っている暇はないのです
【 対談 】 日野原重明先生×稲盛和夫さん 「医を仁術に終わらせてはならない」



聞き手=大西 康之


新連載「日野原重明の生き方教室」では5週連続で、日野原氏の言葉を軸に、現代社会の問題を解決するための処方箋を探ります。

日経ビジネス2015年11月16日号 58~61ページより目次