費用増加し、「量」から「質」へ

 厚生労働省が今年5月に発表した2015年の人口動態統計によれば、日本の合計特殊出生率は1.46となり2年ぶりに増加した。ただ、依然として人口を一定に保つ人口置換水準2.1を下回っている。

 歴史的に見れば、世界中の先進国で、経済発展とともに出生率は低下し続けてきた。それはなぜか。

 経済学では、子供の数は、子供から得る便益と費用を比較して決定されると考える。出生率低下の理由を簡潔に言えば、便益が減少して費用が増加したということだ。

 教育期間の長期化や産業構造の変化によって、子供を労働力として利用する時代ではなくなった。多くの人々は、自分の老後を支えるのは子供ではなく年金や金融機関だと捉えるようになってきた。これが、子供から得る便益の減少である。

 一方で、費用は増えている。育児は就労可能な時間を削るため、潜在的な所得減少となる。経済成長による賃金増加によって逸失所得が増加し、子供を持つことが割高になった。

 子供の育て方にも変化があった。当然ではあるが、親は子供の「数」だけに関心があるわけではない。健康や教育、将来の生活水準などの「質」にも関心があり、これらはお金や手間をかけることで高めることが期待できる。

 こうしたモデルを経済学では一般的に「質・量モデル」と呼ぶ。出生行動に関する意思決定は、量だけのモデルよりも複雑になる。

 女性の高学歴化や社会進出が進んだことで逸失所得が増加し、前述の通り子供を持つことは割高になった。一方で、教育など子供の「質」を上げようとすることに関しては、自らの時間を使わずとも可能だ。時間費用が増加したことは、量から質へのシフトを促したと言える。

 こうした「質・量モデル」に対して、児童手当のような政策を導入すれば、子供の「量」にかかるコストが相対的に安くなるため、「質」から「量」へのシフトが起こる。理論的には、少子化対策としては機能することが期待できる。

 ただし、子供の数の決定は極めてプライベートなものだ。家計の限られた予算の中で、個人が選択したものであり、子供の「数」を重視するように誘導する政策にどれほどの意味があるのだろうか。

 経済学で考えれば、効率的な資源配分が実現しない「市場の失敗」が起こらなければ、出生率が低下しても問題はない。可能性があるのは、子供に「外部性」がある場合だ。つまり子供に外部性がある時のみ、少子化対策という経済政策に意味があると言える。

 「外部性」とは、ある経済主体の行動が他の主体に対価の支払いや補償なしに影響を及ぼすことを指す。子供の外部性の一例として考えられるのは、「規模効果」と呼ばれるものだ。これは、経済規模が大きいほど経済成長が促進されるという考え方である。

 経済成長の源泉の一つは技術革新である。人口減少が進めば研究開発部門で働く人数が減り、技術革新が停滞してしまう。この規模効果が大きければ、少子化対策で人口を増加させることは経済成長にプラスの影響を及ぼす。

 一方で、負の外部性も考えられる。「質」から「量」にシフトさせようとする政策は、相対的に「質」を低くしていると見ることもできる。社会全体で子供の「質」が低下すれば、経済成長にはむしろマイナスの影響が出るだろう。子供が増えることによる混雑効果なども、負の外部性と言える。

先進国は軒並み出生率が減少
●主な先進国の合計特殊出生率の推移
先進国は軒並み出生率が減少<br /> <span>●主な先進国の合計特殊出生率の推移</span>
出所 : 1959年までUnited Nations “Demographic Yearbook” など、1960年以降は経済協力開発機構(OECD) Family database(2016年3月更新版)および厚生労働省「人口動態統計」より内閣府作成
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