西田貴明(にしだ・たかあき)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 副主任研究員
2009年、京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。徳島大学客員准教授。グリーンインフラに早くから着目し、研究を続ける。
公園と街を一体で整備したシンガポールのビシャンパーク(写真=下:Ramboll Studio Dreiseitl(提供:福岡 孝則))
「グリーンインフラ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。字面からは、従来のインフラに単純に緑地などを追加したものという印象を持つかもしれないが、それは違う。
数年前から欧米でこの言葉が使われ始め、日本でも2015年8月に閣議決定した国土形成計画で、グリーンインフラの文言が政府計画で初めて盛り込まれるなど、注目が集まっている。
新しい概念のため明確な定義は定まっていないが、筆者は「自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与する土地利用計画」だと捉えている。
生物が社会に提供する恵み(生態系サービス)には、防災・減災や水質浄化など多様な機能が含まれる。また、環境変化に対する安定性(レジリエンス)もグリーンインフラの特徴だ。生態系は自律的に回復する性質を備えているからだ。こうした機能をうまく活用する土地利用や社会資本整備が今、求められている。
緑地を単に設ける概念ではない
●従来の取組とグリーンインフラの違い
農地の10%が使われていない
国土交通省の予測では、日本の人口は50年までに約9700万人に減少し、高齢化率は10年の20%から40%まで高まる。この人口構造の変化は、あらゆる土地の利用のあり方を大きく変えてしまう。
20世紀の人口増加期では、森林や農地、緑地などの自然は宅地や商業地への開発圧力にさらされていた。しかし既に始まった人口減少期では開発圧力は少なくなり、土地の維持管理が課題になっている。
人口減少だけが原因ではないものの、管理不足による荒廃森林や耕作放棄地が全国で急拡大している。現在、国内の農地の10%に当たる約40万ヘクタールが利用されていない。さらに、人口減少が急速に進んだ集落では、90%以上の農地が耕作放棄地になっている例もある。
長期的に見れば、現在、人が住んでいる地域の3割程度で、土地の管理者がいなくなるとの予測もある。そうなれば、地域の生活環境は悪化し、防災機能も損なわれる。空き家や空き地が放置されれば、犯罪リスクも高まるだろう。国土管理の停滞は経済活動の停滞と等しいのだ。
グローバルな都市間競争が勃発する一方で、自然災害リスクは増大している。世界的に、安全・安心な都市への関心が高まっている。こうした文脈が、グリーンインフラに注目が集まる背景である。
一方で考え方を変えれば、自然資源を活用できるチャンスと捉えることもできる。自然の仕組みを積極的に活用することは、人口減少に伴う余剰空間の新たな活用策でもある。
自然を重視した社会資本整備はこれまでも行われてきた。生態系の保全や緑を活用した地方創生、防災や減災の観点でも、たびたび登場してきた。ただ、それらは各テーマ単体での取り組みに終始してきたきらいがある。また、これまでは「保全」に重きが置かれていたが、グリーンインフラの概念では、自然の機能を「活用」する面を重視する。
コウノトリの生息地として再生した兵庫県の円山川は、グリーンインフラの好例だと捉えられる。
当初の目的は、洪水被害の防止だった。河床や中洲の掘削によって河川の流下能力を確保する従来型の対策を実施。そこにグリーンインフラの考えを追加し、生物と共存するブランド米の生産支援や、休耕田を活用した湿地の整備、水田への魚道整備などを同時に進めた。
結果として湿地環境が生まれ、コウノトリの餌の生息数や種類が増加。絶滅危惧種であるコウノトリが住みやすい環境が生まれたのである。
河川事業がブランド米を生んだ
●円山川にコウノトリが生息したプロセス
こうした環境をうまく活用して米のブランド化に成功し、さまざまな地域産品をブランド化する動きも出始めた。エコツーリズムを推奨することで観光客数は増え、経済活動が活発化した。円山川が流れる兵庫県豊岡市の市内所得が1.4%増加したとの試算もある。
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