英国のメリットはほとんどない

 しかし、ノルウェーのように単一市場に入るには、ヒトの移動の自由の受け入れやEU財政への拠出、法規制の受け入れが必要となる。

 メイ首相は昨年10月の保守党大会で、「移民をコントロールする権限の回復」「欧州司法裁判所の管轄権からの離脱」を掲げていた。そのため、EUの単一市場に残留するという選択肢はとっくに消えていたと見る方が正しい。

 英国は現状でも通貨ユーロは未導入で、ヒトの移動の自由のための「シェンゲン協定」にも参加しないなど特権的な立場を築いており、むしろ今の方がいいくらいなのだ。

 しかし、ハードブレグジットとなると難題が多くなる。一つは、当然ながらEU域内との取引に関税がかかるようになること。さらに、英国の基幹産業たる金融業などで、1つの免許でEU域内で営業できる「シングルパスポート」の適用対象から外れるデメリットも大きい。

 ロンドンに拠点を置いてEU加盟国に金融サービスを提供するのが難しくなるのである。製造業では実態として東欧などEU加盟国からの移民によって、労働力を確保してきたが、それも難しくなる。

赤字が長年続いている
●英国の経常収支の推移
出所:ニッセイ基礎研究所の資料を基に本誌作成
最大の産業の柱は金融サービス
●英国のGDP(国内総生産)に占める業種別比率
出所:ニッセイ基礎研究所の資料を基に本誌作成

 こう考えると、英国にとってはハードブレグジットは不利な面ばかりが浮かび上がる。だが、メイ首相の動きを見ていると、今後の交渉でできる限り有利な条件を引き出そうとしているようだ。

 まず、メイ首相はEUにはFTA(自由貿易協定)の締結を求めると述べている。ただし、ノルウェーなどのようなEUの規定をほぼ受け入れるFTAではない。カギになるのは、単一市場の象徴的存在である関税同盟の扱いだ。これは、加盟国の商品には輸入関税をかけず、非加盟国からのそれには同一の関税を課すという貿易協定である。

 いったんEU域内に入った加盟国の商品は、その後、国境をまたいで移動してもさらに税関審査を受ける必要はない。メイ首相は「英国とEU加盟国間におけるモノとサービスの貿易を最大限自由にする」としているが、一方では自主権を確保する方向を探る考えだ。

 狙いは、米国や中国など他国とのFTAを結びやすくすることにある。EUとの関税同盟の中に入れば、EU域外からの輸入品に同一の関税を課すことになる。そうなれば他国とのFTAの障害になるため、英国としては避けたい。

 とはいえ、自主権を確保しながら単一市場へのアクセスなど自由な貿易を最大限確保するのは難しい。EU側も「いいとこ取り」はさせないだろう。

 それでも英国としては、企業の貿易環境が急激に変わることを避けたいところ。EUと粘り強く交渉を続けながら、段階的に新しい環境に移っていくようにすることで、英国に拠点を置く企業が準備期間を確保できるようにしているのではないか。

 特に金融サービスと自動車産業については、できる限りEUとの共通ルールを設けていく可能性を示唆している。これまでは、EU域内で同一の通商政策を取らざるを得なかった。規格や認証なども英国の事情に合わないものを受け入れざるを得ず、経済界からの不満も強くあった。こうした部分を変えながらも、共通ルールを模索することが狙いだろう。