「後継者、育てる必要なかった」

 ただ、鈴木は80歳を超えてもトップに君臨し続けることに、違和感も抱いていたと言う。

 「僕はもう80歳を過ぎているわけ。常識に照らせば、ある程度の規模の会社で、80歳過ぎまで経営のトップにいる人は少ないよね。だから、いろいろなことを考えるのは無理もないでしょう」

 「70歳を過ぎた頃から、辞めなくちゃいけない、誰かにバトンタッチしなくてはいけないと、本当にそう思っていた。僕は昔、人事を担当していた頃、経営者は60歳を過ぎたら引退すべきだとも思っていた。だけど、自分がその年齢を過ぎていくと、無責任に引いてはいけないと葛藤があった。辞めるとは、なかなか言えないんだよ」

 「自分で年をとって、忘れっぽくなったなという自覚はあるよ。でも、オムニチャネルなんて言い出すと、ますます、ある程度形をつけなくてはと思ってしまう」

 長期政権になるほど、トップはカリスマ化し、周囲はイエスマンばかりとなって、後継者が育たないというのは世の常だ。流通業界のカリスマと呼ばれたダイエーの中内㓛、セゾングループの堤清二も、うまく経営を引き継げずに、グループは瓦解していった。

 鈴木自身も、後継者を育てることはできなかったと認める。

 「育っている、育っていないということより、なかなかそうはやれなかった」と打ち明ける。そして、こうも言う。「今までは、(自分がやっていたから)あまりその必要もなかった」。

 セブン‐イレブン・ジャパンの実質的な創業者として、中内や堤に続くカリスマとなった鈴木はジレンマを抱えていた。老いには抗えず、いつかは後進に経営を引き継ぐことになる。だが、後継者候補になり得る幹部社員たちの能力を信じきれない。

 それが、鈴木が今春、セブンイレブンの社長だった井阪隆一を更迭する人事案にこだわった背景だった。鈴木は「新しいものが出てこない」と井阪を酷評。これに、5期連続で最高益を更新していた井阪は激しく反発し、最終的には取締役会も鈴木の人事案を否決。そして、鈴木は自ら辞することを決意した。

 退任を公表した会見で、鈴木は「真実を話そうと思った」と言う。「僕がただ辞めたと言うだけだったら、いろいろな臆測が飛んだと思うんですよ。何か悪いことでもしたんじゃないかと」。

 当時セブン&アイの社長だった村田紀敏だけではなく、顧問の2人を会見会場に呼び出したのも、「左大臣、右大臣として、名誉会長に一番信用されていた」(鈴木)という2人に事態の背景を説明させれば、世間は自らの主張の正しさを理解してくれると考えた。

 だが、カリスマの突然の退任というニュースに加えて、顧問2人が出てきて退任の舞台裏を暴露するという会見の異様さは、騒ぎを大きくした。それでも鈴木は、「会見があのような形になったのは、しかたなかった」と振り返る。