「鈴木君は分からないでしょ」

 ヨーカ堂不振の元凶である衣料品は祖業であり、名誉会長の思い入れも強い。食品を主体としたコンビニエンスストアで成功した鈴木は、最後まで衣料品の問題を自らの責任として捉えることができなかったのではないか。

名誉会長の伊藤雅俊は、衣料品に強いこだわりがあるという(写真は1992年当時)( 写真=Fujifotos/アフロ)

 鈴木は、こうした見方を「そういうことはない」と否定する。同時に次のようにヨーカ堂への思いを打ち明けた。

 「(ヨーカ堂の業績が悪いのは)結果としてリーダーとしての僕の力がなかったという結論になるのだけれども、じゃあなぜかというと、やっぱり変わらなかったんだよね。セブンイレブンはどんどん、変えられた。従業員も経営陣も、変わるのが当たり前だと思っている。だけど、ヨーカ堂の連中は一生懸命やっているんだけど、過去の成功体験に縛られている」

 鈴木が言う成功体験とは、伊藤が経営の一線にいた時のものにほかならない。鈴木はそうした社員の体験が、自分の方針がヨーカ堂に浸透するのを阻んだと強調する。不振の原因は、ヨーカ堂側にあるとの考えだ。

 「僕のリーダーシップはヨーカ堂には100%は浸透しなかった。確かに僕は、衣料品で『何番手の糸』とか言われても、それは無理だよね。でも、それをヨーカ堂の人たちは『鈴木さんは商品のことを分からないくせに、商品のことばかり言う』と言う」

 鈴木の認識では、ヨーカ堂の組織風土には伊藤の存在が深く根付いている。「うちの中で一番衣料品に熱心なのは、名誉会長でしたから。商売が好きなんだよね。それで言うんですよ。問屋を回って『あそこにいい商品がある。おまえたち素人が考えるより専門家がいるじゃないか』とね。それが口癖だった」。

 「僕も常に言われていたんです。『鈴木君は商売をやったことがないから分からない。『自主マーチャンダイジング』が大事だと言うけれど、問屋はその道のベテランだ。そこから商品を入れればいいじゃないか』と」

 鈴木は、自主マーチャンダイジング(自主企画商品の開発)こそが、ヨーカ堂を再び復活させる唯一の道だと考えていた。セブンイレブンでおにぎりや弁当などの独自商品を成功に導いたという自負があるからだ。その思いはここ数年のPB(プライベートブランド)「セブンプレミアム」の成功によって、さらに強くなった。だからだろう。鈴木は、ヨーカ堂を苦境に追いやっているライバルをも、羨むようにたたえる。

 「今、日本で成功している小売りは、自主マーチャンダイジングをしているところでしょう。ユニクロもニトリもしまむらも、みんなそうだ。ユニクロの柳井(正、ファーストリテイリング会長兼社長)さんだって、セブンイレブンを見て、ああいう発想になったって言うわけ。似鳥(昭雄、ニトリホールディングス会長)さんも、自分で東南アジアなんかを回って商品を開発してきたから、成功しているんです」