現状維持との戦い

 かつて大野はこう言っていた。

 「アメリカの自動車工場(フォード)を見学した時、ワーカーは平気でタバコを吸っていた。だが、日本人は上司が来ると、タバコを消したり、ボロ布で機械を磨き始めたりする」

 つまり、日本人は自意識過剰ともいえる。働いているところを見られると落ち着かなくなる。監視されて自分の作業にムダな部分があると指摘されると、むきになって否定する。指摘されたことをカイゼンして、作業の手順が楽になったとしても、それでも、なんとなく面白くないと感じるのが日本人一般なのである。

 トヨタ生産方式の導入で現場が抵抗したのは他人から見られること、自分の仕事のムダな部分があらわになること、そして、現在やっている作業を変えることへの恐れだった。いつまでも現状維持でいたいというのが本音だった。

 大野たち一派が闘っていたのはトヨタの社内ではなく、現状維持をよしとする日本社会の風土だった。

 だから、導入には時間がかかったし、また、一方的に押しつけるだけでは定着しなかったのである。現場の人間を大切にし、毎日、しつこいくらいに足を運ばなければカイゼンは進まなかった。

7つのムダ

 それでも大野一派の努力でトヨタ生産方式は少しずつ浸透していった。繰り返しになるが、最初は機械工場、それから組み立て工場に受け入れられ、プレス、鍛造といった部門は最後になった。

 そして、全工場で導入されてからもカイゼンは続いた。現場はつねに変化していたから、その都度、新たなムダを見つけてはカイゼンしなくてはならなかったのである。

 たとえば、クラウンを製造する全工程でトヨタ生産方式がある程度、形になったとする。だが、クラウンがモデルチェンジすれば部品は変わる。部品が変われば工程が変わり、新たなムダが生まれる。もう一度、大野や部下の鈴村喜久男が出かけていき、ムダをつぶしていかなくてはならない。

 モデルチェンジに限らず、作業者だって、1年ごとに新しい人間が入ってくる。メンバーが変われば作業の習熟度合いが違うから、ラインを組み直さなくてはならない。

 つまり、現場から生まれたトヨタ生産方式は永遠に完成することはない。現場における前提条件が変われば運用を見直さなくてはならないから、生産方式が完成したり固定されることはない。

 では、大野一派が現場を歩いて見つけるムダとはどういったものなのだろうか。

 大野自身は7つに分類している。いずれもどこの工場の生産現場、事務所でもよくあることだ。

7つのムダ
 ひとつ つくりすぎのムダ
 ふたつ 手待ちのムダ
 三つ 運搬のムダ
 四つ 加工そのもののムダ
 五つ 在庫のムダ
 六つ 動作のムダ
 七つ 不良をつくるムダ

 このうち、大野がもっとも排除しようとしたのは「つくりすぎのムダ」である。

つくりすぎのムダ

 「どうして、つくりすぎがムダになるんだ。足りないより、多い方がいいじゃないか」

 それが一般的な判断だろう。だが、大野は足りないことはよくないが、必要以上に物を作ることは犯罪にも等しいとさえ言っている。

 つくりすぎを排除することについては大野本人だけでなく多くの関係者が説明しているが、もっともわかりやすいのは、大野の下でトヨタ生産方式の薫陶を受けた張富士夫のそれだ。

 張は文科系の出身だ。技術系の人間とは違う角度で大野に質問している。張は技術についてはほぼ素人だったから、大野に対して初歩的な質問を繰り返したのである。

 技術系の人間はついついテクニカルタームやトヨタ語(見える化、自工程完結など)で説明しようとするけれど、張は説明に際して小学校5年生が理解できるような平易な言葉しか使わない。

 つくりすぎのムダについて、張は次のような例話を引いている。

 「ある兄弟がおります。兄は社長で弟は生産担当の専務。カーペットの生産をやっている会社です。社長は『売れ行きに従って小さなロットで作れ』と言うけれど、弟は『高い金を出して買った工作機械の稼働率が落ちるから、大きなロットでしか作れない』と反論する。お兄さんはほとほと困っている。こういう例は枚挙にいとまがないのではないでしょうか。

 また、こんなこともあります。

 赤い色の製品を大ロットで作るとします。その間、ひとつしかないラインでは青や黄色の製品は作ることはできません。しかし、市場では赤だけでなく、青や黄色の製品も売れているわけだから、青や黄色の製品も持っていなくてはならない。そのためには各種類を半月分、一か月分、持つということになる。

 売れ行きは工場が大ロットで生産しようが、小ロットで生産しようが変わりはありません。しかし、出費は変わってくる。大ロットで作ると在庫が増え、倉庫に製品が積み上がる。製品は寝ているが金利はかかる。また、製品か汚れないように棚を作ったりしなくてはならない。何がいくつ在庫されているかを勘定するための人員も必要になる…」

 つまり、つくりすぎのムダは在庫というムダを生み、在庫がたまると管理する場所や人間を確保しなくてはならなくなる。つくりすぎのムダはさまざまに波及するから諸悪の根源なのだ。

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