(イラスト=五島 聡)
おいしい刺身

 トヨタ生産方式が導入された順序はまず機械工場であり、次が組み立て工場、それから塗装、プレス、鍛造(鋳造)といった順番だった。

ベルトコンベアの流れに沿って進むエンジンの取り付け作業の様子(挙母工場、1958年頃)(写真提供=トヨタ)

 機械工場はエンジン、ミッションを作り、組み付ける工場のこと。機械工場、組み立て工場にはベルトコンベアもしくは床面が動くスラットコンベアが入っている。

 一方、塗装はオーバーヘッドコンベアと台車、溶接は台車でプレスから検査工程へはベルトコンベア。こうした工程では搬送のムダを解決することで生産性を上げることができる。

 対して鍛造、鋳造といったところはできあがった部品をローラーの滑り台のようなシューターで流すだけだ。作業それ自体を見つめて動作のムダを発見しなくてはならない。

 搬送装置があるかないか、もしくはどういった搬送装置を使っている工程なのかによってムダを発見するアプローチは違ってくる。

 トヨタ生産方式を体系化した大野耐一は自分が機械工場の担当だったこともあるけれど、まずはべルトコンベアが入っている機械工場の工程から導入を開始した。

 次いで、組み立て工程だ。組み立て工程は単純作業の繰り返しだから、標準作業も設定しやすい。また素人がやっても次第に習熟する仕事で、システム化すれば誰もが同じ時間で作業ができるようになる。そのため、この工程には高度成長時代、多くの期間工、臨時工が入ってきた。

 一方、鍛造、鋳造の工程は職人仕事だ。仮に標準作業を設定して、作業にかかる秒数を決めたとしても、熟練者と新人ではできあがりがまったく違ってくる。板前が刺身を切る標準時間を決めても、誰もがおいしい刺身を調理できるとは限らないのと同じだ。

鍛造プレス群。こちらは、いわゆる職人仕事が中心となる(挙母工場、1958年頃)(写真提供=トヨタ)
ノープロブレム

 ここから本題になるけれど、トヨタ生産方式を導入する際、もっとも現場が抵抗したのは標準作業の設定だった。組み立て工程では「監視されてるみたいで嫌だ」という反発を受け、鍛造、プレスの工程では「標準作業の設定に意味はない」と言われたのである。

 標準作業を設定するには担当が作業者の後ろに立つ。そして、作業にかかわる動作をストップウォッチで計測し、記録する。現場の人間にとっては熟練、非熟練を問わず、それがいちばんやりにくかったという。

 ただし「やりにくい」と答えたのは日本の工場で働いている人間だけだった。

トヨタのケンタッキー工場のワーカーたちは、ストップウォッチで自分の作業時間を計測されることについて質問すると、「ノープロブレムだ」と口をそろえた(写真=山本 祐)

 ためしにケンタッキーの工場で数人に聞いてみたところ、「ストップウォッチの計測? そんなことはノープロブレムだ」と全員が答えたのである。人に見られていたからといって作業が滞ることはないと言い切った。

 「どうして、そんなことを聞くのか?」

 そう言ったワーカーもいた。

 日本人は見られることが嫌だけれど、アメリカ人ワーカーは「仕事の一環だから当たり前」という反応だった。

 もっと言えば、日本人は第三者が見ていると、ついつい、いいカッコしようと思って張り切ってしまうのである。張り切ってやることが嫌だから計測をされたくないというのが本音だろう。

 一方、アメリカ人ワーカーは「オレは給料分だけ働く」とはっきり決めている。誰が見ていようが、ストップウォッチで計測されようが、切り売りした時間だから、文句を言うことに意味はないと割り切っている。誰かが見ていたからと言って、いつもより頑張って仕事をすることもない。