震える手

 池渕の場合は現場の技術員として大野に出会った。

 「僕ら技術員は工場のなかにある狭い部屋で、朝、一服してから仕事を始めるんです。ある日、みんなでタバコを吸っていたら、突然、大野さんが入ってこられた。みんな、慌ててタバコを消して、立ち上がり、直立不動ですよ。なかにはぶるぶる震えている人もいました。それくらい、こわい人だったんです。

 大野さんはどすんと腰を下ろした。じろっと見上げて言いました。

 『お前ら、なんで立ってるんだ。いいから、タバコを吸ってろ。いらない気を遣うことはない』

 でも、誰ひとり座ろうとしないし、手が震えてるから、タバコなんか吸う気にならんですよ。もう存在そのものが怖かったんです」

 池渕はもうひとつ、大野が命じた仕事を覚えている。

 「ある先輩は大野さんから『ラインについているあの作業者を見ていろ。動作のなかからムダを発見しろ』と指示されたんです。

 そして、大野さんはチョークで半径1メートルくらいの円を描きました。先輩に向かって、『いいか、このなかでずっと立ってろ。トイレは行ってもいい』。

 その先輩は半日以上、丸のなかで立って、何かを見つけようとしていました」

 いまなら間違いなく、パワハラで訴えられるだろう。しかし、その頃はまだびんたを張ったり、頭をごつんとやるような上司はトヨタに限らず、どこの会社にもいたのである。

全力で怒る

 だが、大野は部下だけを𠮟ったわけではなかった。理屈に合わないことを言ってくる人間にはたとえ上部権力であっても立ち向かう男だった。

 池渕は言う。

 「車のエンジンにはフレームナンバーという番号をふります。ナンバーは書類に残すための大切な数字だから、紙を載せて鉛筆で数字を浮き出させる。僕らは『石刷りを取る』と言っています。

 社内で車を完成させて検査したら石刷りを取る。その後、運輸省から検査員が来て、また石刷りを取る。大野さんに言わせればムダだと。うちは工程で車を作り込んでいるから、石刷りを2度も取るなんておかしい、と。

 それで運輸省の検査員を怒鳴り上げるわけですよ。検査員だって、大野さんに声を荒らげる。あの頃の人たちはみんなかんかんがくがくの議論ですよ。

 社内で役員同士が怒鳴り合うなんて当たり前でした。部下がいたって、堂々と、お前がいかんとやり合うわけだから」

 そして、池渕はつぶやいた。

 「私は大野さんと同じくらいの年齢で役員になりました。瞬間湯沸かし器と渾名(あだな)がついたくらい、部下を𠮟る男でした。しかし、入社したばかりの若者や数年経ったくらいの社員を𠮟ったことはないんです。管理職を呼んで𠮟責するくらいなんですよ。真っ赤になって怒鳴るなんてことは、ようせんかった。

 ところが大野さんは違った。相手が自分の子どもくらいの年齢であっても、情熱を込めて烈火のごとく怒る。こっちは怖くて、天地が逆になったんじゃないかと思うくらいでした。身がすくんで口もきけない。

 あれだけの使命感を持った人はもう出てきませんよ」

「泣くこともできんぞ」

 張、池渕ともに長いあいだ、大野の下で働いた。30年以上にもなった。それだけ一緒にいて、可愛がられたにもかかわらず、ふたりともただの一度もほめられたことはなかった。せいぜい、「お前たち、元気があるな」といなされたくらいだ。

 結局のところ、社内で大野を理解していた人間はほんの少数だった。敗戦後から20年以上もトヨタ生産方式の定着のために必死で現場を指導していたにもかかわらず、それでも、社内の大勢は「大野は自分勝手にやっている」と思っていた。

トヨタの創業者、豊田喜一郎(左)と、喜一郎のいとこで後に第5代社長となる豊田英二は、トヨタ生産方式を推し進める大野耐一を支持した(写真提供=トヨタ)

 ただし、表立って大野を非難する人間は多くはない。当初はトヨタ創業者の豊田喜一郎が、その後は第5代社長となる豊田英二が大野を支持していたからだ。

 ただ、なかには猛者もいた。ある工場の部長は「常務が来ても、うちの工場に入れるな」と部下に言いつけて、大野の車が来たら、門を閉じてしまう。

 大野は車を降りて、歩いて工場に入ってくる。部長は迎えにもいかない。意地の張り合いのようなことが行われていたのである。

 当初、労働組合は面と向かって大野を非難し、敵視した。

 「工場に丸を描いて、そのなかに立たせるなんてことは人権蹂躙(じゅうりん)だ」

 組合はそう言って、大野、鈴村の現場指導を攻撃したが、英二はそれをはねつけた。

 張が覚えているのは珍しく鈴村が大野の前で弱音を吐いたことだ。

 「大野さん、オレたちは一生懸命、会社のためにやっている。ですが、大野の一派は会社をつぶすと言われました」

 よほど悔しい思いをしたのだろう、鈴村の目には涙が光っていた。大野は「そうか」と鈴村の肩に手をかける。

 「鈴村、お前は泣けばそれで済む。しかし、わしはどうすればいいんだ。泣くこともできんぞ」

 張、池渕たち直属の部下はまわりから孤立したが、かえって結束した。それがトヨタ生産方式を進化させることにつながった。大野一派は会社にいる間じゅう、生産性を向上させることしか考えていなかったのである。