それは、大野はわざと読者が理解しにくいように説明しているからだ。

 読んでもわからないようにした理由はトヨタ独自のノーハウだから、広まることを恐れたのである。

 本人はこう言っている。

 「アメリカの自動車会社に真似されるといけないから外部の人間にイメージがわかないような名前を付けた。それが『かんばん』だ」

 大野が語るように、当初、彼がトヨタ生産方式を解説した文章には外の人間が理解できないような造語やテクニカルタームを使っている。

 「それならば本を書かなくともいいじゃないか」

 だれもがそう思うだろう。彼自身、本を書く気持ちは持っていなかった。だが、「トヨタ生産方式が効果を上げている」と聞いた他のメーカーの人間が勝手な推量でかんばんらしきものを導入し、工場の作業者にとっては混乱が起こった。そして、「下請けいじめだ」と国会で議論されるまでになった。それで、大野は本当のトヨタ生産システムについて本を書いたのである。しかし万人向けにはしていない。

 多くの資料には、大野がトヨタ生産システムを導入した当初、現場は反対したとされている。では、現場の人間は生産システムのなかのどの部分に反発したのだろうか。

余分な仕事はしないでいい

 複数の機械を操作できる作業者になること、標準作業の設定、アンドンの導入、不具合があったらラインを止めること、後ろの工程が前の工程へ引き取りに行くこと…。

 この5つについてはどれも肉体的にストレスがかかる新方針ではない。この5つを導入したからといって、それまでよりも重いものを運んだり、速いスピードで仕事をこなすことを要求されるわけではないからだ。

 ある時、後ろの工程の人間が部品を取りに来るより前に、前の工程の人間が荷物かご一杯の部品を作り終わってしまった。前の工程の工長が「このままでは手待ちになるからもう少し、作業をさせて部品を作りたい」と大野に言ってきた。

 大野はこう答えた。

 「ヒマな者は余分な仕事をしないでいい。その場で休んでおれ。機械の掃除などもしなくていい」

 ある幹部が大野の言葉を聞いて、「なぜ、作業者を休ませるのか」と難詰したところ、「ムダにコンベアを動かしたら、電気代がかかる」としれっとした顔で答えた。幹部は二の句が継げなかった。

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