(イラスト=五島 聡)

 1950年6月、労働争議の収拾をはかるためにトヨタの社長を辞任した豊田喜一郎は、東京・世田谷の岡本にあった自宅に研究室を作り、少数の部下と小型ヘリコプターの設計に励む毎日だった。

ドローンの先駆

 小型ヘリコプターは圧縮空気を使うエンジンが特徴のもので、喜一郎自身がドイツの航空機メーカー、ユンカースのディーゼルエンジンから思いついたものである。

 喜一郎のいとこで当時トヨタの常務だった豊田英二は、後にヘリコプターの設計図を見て、こんな感想を抱いた。

 「喜一郎はユンカースのエンジンについてはかなり研究していた。しかし、使い方が斬新だ。普通の使い方とはちょっと違う。思いもよらない使い方だ。喜一郎はいつも人が思いもよらぬことを考えつく人だった」

 開発した小型ヘリコプターは荷物を運ぶ「空の運送に使う」と言っていたから、喜一郎はドローン研究の先駆者でもあったわけだ。会社を追われた身だったけれど、無為に過ごしていたわけではなく、エンジニアとしては満ち足りた生活を送っていたのである。

 トヨタが立ち直り、株の配当があったから収入も増えた。ヘリコプター研究は趣味ではなく、自己資金で新会社の設立まで計画していた。

 そういう状態のところへ、3月のある日、喜一郎の後を受けてトヨタの社長を務めていた石田退三がわざわざ名古屋から訪ねてきた。

豊田喜一郎はトヨタの社長を辞任後、小型ヘリコプターの設計に勤しんだ。写真は喜一郎が考案した新方式のエンジンとヘリコプター動力の概念図(写真提供=トヨタ)