敗戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)は日本の自動車会社に対して乗用車の生産を全面的に禁止し、2年後(1947年)には1500cc以下の小型乗用車だけの生産を許可した。すべての乗用車、トラックの生産が許されたのは1949年になってからである。