工具の集中研磨

 新しく何かを始めると、必ず文句が出る。ふてくされて、わざとゆっくり作業を行う人間も出てくる。熟練工は、「大野さんの言っていることはわかるが、現実はそれをやっていると時間がかかってしまうよ」などと言ってくる。

 そういった人間の声にも耳を傾けながら、何度も何度も同じ指示を繰り返し、時には自らラインで作業の手本を示した。怒ることはせず、何度も同じことを言い続けることが人に仕事をさせるコツなのである。

 次に、大野はまたひとつ、現場に工夫を持ち込んだ。切削に使う工具を集中研磨という方式に変えたのである。

<b>大野は社内の反対を押し切って集中研磨を導入した(1951~52年頃の様子)</b>(写真提供=トヨタ)
大野は社内の反対を押し切って集中研磨を導入した(1951~52年頃の様子)(写真提供=トヨタ)

 従来、バイト、ドリルといった切削工具は旋盤、ボール盤、フライス盤を担当する人間が自分で研ぐのが習わしだった。誰かが決めたわけでもなく、それが職人としては当たり前だったからだ。板前が自分で自分の包丁を研ぐのと同じように切削工具はそれぞれの作業者が研磨するものと決まっていた。

 「これからは研磨班を作り、すべての工具は特定の人間、特定の機械で研磨する」

 大野はそう決めて、喜一郎にも報告、現場に指示した。

 集中研磨にしたのにはふたつの理由がある。ひとつは作業時間のロスだ。

 「すり減ってきたな」とある作業者が判断し、研磨しようと思ったら、ラインから離れてバイトを研ぐことになる。その間、仕事は中断する。

 もうひとつの理由は部品の質を一定にするためだ。それぞれが工具を研磨すれば上手な人間と下手な人間で仕上がり具合が変わってくる。そして鋭く研いだバイトと、なまくらのバイトでは切削した部品の質が変わってしまう。

 大野はそれを恐れた。一石二鳥の解決を狙って、集中研磨班を立ち上げたのだが、現場の作業者からの大反対にあった。工長、組長といった現場リーダーもかつては作業者だったから、反対の声にうなずく。

 「工具は工員の魂だ。それを自分で研ぐのは当たり前だ」という精神論である。「武士は自分の刀を自分で研ぐじゃないか」という理屈を持ち出してきたのである。

 集中研磨を実施した時の工長、組長は戦前から喜一郎と一緒に自動車を作ってきた熟練の職人たちだ。彼らは大野に対して反感を持っていた。加えて、いままでと違うことをやるには心理的な抵抗がある。職人的な理屈とやりたくない気持ちが反対という意思表示になったのである。

 大野は批判、不服従、反対に対して、下手に出ることはしなかった。中間倉庫の廃止とは違い、解決に時間をかけることはせず、工場長の職権で真正面から押し切った。

 トヨタの現場では上に行くにつれ作業者、班長、組長、工長となる。工長は「現場の神様」とも呼ばれるノンキャリアのトップだ。工長の意見は現場の意見を反映している。

 大野も通常のことならば工長の意見を無碍(むげ)にすることはなかった。しかし、大改革を断行する場合、ひとりひとり顔色をうかがっていては機会を逸してしまう。それに、反対には正当な理由があるわけではなく、心理的な抵抗だ。

 さらに言えば妥協点はない。自分で研ぐか、研磨班がやるか二者択一だ。集中研磨については反対を承知しながらも断行するしかなかった。

アンドン

 中間倉庫の廃止には時間をかけたこともあって、あからさまな抵抗はなかった。だが、集中研磨は作業者からは「大野の野郎」と思われた。

 そうして反対者がいるなか、大野は次の工夫を思いついた。アンドンと呼ばれるライン作業を止めるための表示方式を採り入れた。アンドンはその後、進化して生産状況をつかむことができる表示盤になっている。ラインにおける異常を黄色と赤のランプで示し、ひと目見れば生産状況がわかる。

 トヨタ生産方式では自働化の象徴として説明されるものだけれど、理屈は簡単で、ベルトコンベアの作業をやっていて不具合が起こったとする。その場合、ラインの横に張ってあるひもを手で押し下げるとアンドンに黄色いランプがつく。すると、ランプを見ていた班長、組長が飛んできて現場作業を手伝ってくれる。それでも不具合が直らなければ、違うひもを引っ張り、ラインを止めるために赤ランプをつける。

 また、作業者が呼んだにもかかわらず、手伝う人間がすぐに来なかった場合、黄色のランプは自動的に赤に変わる。赤になったら、班長、組長も参加して不具合の原因を探る。原因をつかみ、対策を立てるまではラインは動かさない。同じラインについた他の作業者はやることはないから、そのまま動き出すのを待つしかない。黙々と周囲の清掃を始める。

 ラインを止めることはフォード・システムではあってはならないことだった。そのため、導入した時「大野のいうことを聞いたらコンベアが壊れてしまうじゃないか」との声が上がった。事実、ベルトコンベアとは動いているのが当たり前の機械であり、たびたび止めてしまうとブレーキシューが焼き付いてしまうのである。すると大野は「止まってもいいコンベアを作ってくれ」とコンベアメーカーに依頼した。

 アンドンの導入以後、大野はラインの作業者に「おかしいと思ったらアンドンを引っ張れ」と言って歩いた。

<b>上郷工場のエンジン組み立てラインに設置された初期のアンドン</b>(写真提供=トヨタ)
上郷工場のエンジン組み立てラインに設置された初期のアンドン(写真提供=トヨタ)

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2381文字 / 全文文字

【初割・2カ月無料】有料会員の全サービス使い放題…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、11年分のバックナンバーが読み放題